第1回 関西例会報告
次なる100年を拓く、ヤンマーグローバルIT戦略
A SUSTAINABLE FUTURE
~ テクノロジーで、新しい豊かさへ ~
2018年10月24日、ビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)としては初の関西での例会が開催された。
BSIAではこれまでに8年間、ほぼ毎月例会を開催している。その特徴は多彩な講師と少人数グループ単位でのディスカッションおよび質疑応答である。
今回の関西例会は、東京開催での手続きをそのまま関西に持ち込んだものであった。
若干小さめな会場には、参加した50人が5-6人単位で9つの「島」の形に配置されたテーブルに着席した。
これほどの参加人数は、主催者も予想していなかったとのことであった。
筆者の座った島には5名が着席していたが、筆者(京都市)以外は大阪の企業に勤める人ばかりであった。この辺りはもう少し広く関西圏の企業内情報システム従事者への呼びかけが必要だと思われる。寺島副理事長が挨拶に際し触れていたが、昔は関西でもこのような会合は少なからずあったとのこと。今はほぼ東京一極集中の開催となっているが、今回の盛会を見れば、この種の会合のニーズは現在の関西圏でも高いと思われる。
寺島副理事長の挨拶、當仲副理事長の協会設立趣旨の説明の後、今回の講師であるヤンマー株式会社 ビジネスシステム部 部長の矢島 孝應(やじま たかお)取締役の講演が始まった。矢島氏は2017年8月の東京例会(第71回例会)でも登壇された方であるが、今回肩書きが昨年の執行役員から取締役に変わっている。
今回のテーマは「お客様サービスを変革するヤンマーのIoT戦略 – A SUSTAINABLE FUTURE – テクノロジーで、新しい豊かさへ。」である。ちなみに2017年8月のときのテーマは「次なる100年を拓く、ヤンマーグローバルIT戦略 A SUSTAINABLE FUTURE ~テクノロジーで、新しい豊かさへ。」であった。似たタイトルであるが、今回、若干ユーザ寄りの話になったのはタイトルが示す通りである。
矢島氏の自己紹介にて、松下電器産業からヤンマーへと転職されたことが披露されている。
ヤンマー株式会社は非上場の100年企業であること、またこの1年間でグループ会社が22社増えたことなどが説明された。
本社(自社ビル)は大阪茶屋町にあり、1-4階はユニクロの店舗となっている。また12階は自社の食堂であるが、土日には一般公開されているそうである。
1912年3月に山岡孫吉氏がヤンマーを設立した。ディーゼル博士が発明したディーゼルエンジンを世界で初めて実用化したのはヤンマーであるとのこと。
ヤンマーはディーゼルエンジンをコアとしている会社である。日本では農業機械メーカーとして有名であるが、農業機械で同業となる小松製作所・井関農機はライバル関係ではなく、エンジンを供給している顧客であるとのことだった。
欧米では富裕層向けのプレジャーボート・クルーザーなどを販売している。このため、当時の日本での「ヤン坊マー坊」のイメージでは世界展開が困難との社長判断があり、世界的に統一したブランドイメージを確立していくことになる。
この施策の実現のため、ブランドコーディネーターに佐藤可士和氏を迎えた。また、奥山清行氏などデザイナーを3名呼び、ヤンマー製品のデザインを変えていった。これが「ヤンマープレミアムプロジェクト」である。これまでの農作機械のイメージを変えた「YT3シリーズ」は、2016年度のグッドデザイン賞金賞を受賞している。
これらの施策により、ヤンマー製品のイメージが向上していった。次の「プレミアム」の展開として、お客様へのサービスが挙げられた。また、これを支えていくのがITであるとした。
矢島氏は経営陣向けの会社の現況を示す説明資料を作成した。製造業は、商品力・営業力・経営力であり、この3点をどう強化していくかが課題であるとした。
矢島氏は、当時の現状分析として以下を示した。
・商品力:技術・デザイン・生産は良い
・営業力:マーケティング・サービスはボロボロである
・経営力:経営・業務はもっとボロボロである
かなり辛辣であるが、何とこれに社長も同意したとのことである。
さて、経営力・業務力を上げるために何をしなければならないかが課題となる。
経営判断力を強化するためには、経営および事業にまつわる状況を判断するための情報が的確かつタイムリーに収集できること。またそれが判断できるように分析できていること、さらに情報の素性が定義されていること、問題発生時に警告を出すタイミング(エスカレーションポイント)が適切に定義されていることであるとした。
業務力の観点では、業務プロセスがムダなく流れており、問題発生時にタイムリーに問題が把握できる仕組みが組み込まれていることとした。
矢島氏は経営層に対し、ITを最大限活用することでヤンマーグループの事業成長を支えていくと宣言したそうである。矢島氏は当時、3つに分散していた関連部署(情報システム部門、CAD・CAM部門、IoT分析・管理部門)を「ビジネスシステム部」として統合した。
当時の社長の思い・期待に応えるべく目標を国内・海外売上比率を60:40から40:60に海外を引き上げること、顧客を理解するために顧客接点を強化すること、技術力については電子制御化等の強化とグローバルな研究所の展開およびコラボレーションの強化、また、M&Aを積極的に行っていく経営方針に対応するため、業務の変化対応力をしっかりつける必要があると定めた。
さて、本BSIAの設立の趣旨は、當仲副理事長が本日の挨拶にて述べた通り、ベンダーに踊らされることなく、ユーザ企業が主導権をもってITを推進するための場を持つことである。まさにこの課題が矢島氏から発せられた。
矢島氏曰く、「成長に向けてITをやっていかなければならないことは判る。しかし、どれほど投資すればよいのかが判らない。言われるだけ投資すれば成果が出るものかも不明である」「新聞を読むとIoTやデジタル変革などが出てくるが、当社は何をすればよいのか?」「デジタル化を進めていくと本当に新しいビジネスができるのか?」「システムを統合しなければならないとコンサルティング会社は説明するが、それは本当か?」「そもそもIT部門を社内に持つ必要があるのかどうか?」と、経営者を代弁した。
また、IT部門側も代弁し、「経営者は、ITはこれから重要だとは言うが、IT部門が重要だとは言ってくれない」「経営者はIoTが必要だとは言うが、IoTで何がしたいかは言わない」「ITツールを導入すれば仕組みが勝手に変わると思っている」「IT部門に新規事業を考えろというが、それは本当に自分たちの仕事なのか?」と述べている。
このように経営層とIT部門の価値観が一致していない状況をどう克服していけばよいのか、矢島氏は対応を考えていくことになった。
ガートナーの調査によれば、製造業の売上高IT投資額比率は1.2~1.8%である。ヤンマーではIT基盤の構築に1.3%を要求した。また、当時はIT投資額の80%が既存のシステムの維持運営費だった。これを新規対維持で6対4に持っていきたいとして、維持費を年率8%ずつ削減していく方針を出している。また、受益者負担の観点から、IT費用を本社持ちから事業部持ちとし原価に組み入れることを指示した。
矢島氏を委員長とした経理・生産本部・技術等でIT投資委員会を組織した。ここでIT投資について審議するようにした。またこれまでのIT投資には数年単位の「山」があったが、これを毎年安定した投資額となるように平準化した。また、代表取締役も含まれる「コーポレートシステム審議会」で重点プロジェクトについて課題・進捗の審議をするようにした。
◆エンタープライズアーキテクチャー
IBMの提唱するエンタープライズアーキテクチャー(BA/DA/AA/TA)のレイヤーと「経営者・本社機能部門」「現場事業」「IT」を縦横にマッピングした。
ビジネスアーキテクチャーにおいて経営者は、グループとしての戦略を立案する。また経営者・本社機能部門はグローバルなヤンマーグループの共通プロセスを定義することとした。そしてそれ以外の部分を、事業部門や地域部門が決めるようにした。IT部門はこれらの策定を支援する能力をつけていく。この部分は今までコンサルティング会社に任せていたところであり、今後自社で力をつけていくべきところであるとした。
データアーキテクチャについては、全社的に共通化すべき・管理すべきデータとそれ以外を明確に分けるという戦略をとっている。
矢島氏は、この整理のため、わかりやすい二次元平面図を示した。
縦軸が「情報の標準化・統合化のレベル」で横軸が「業務プロセスの統合度」である。それぞれ「低→高」のスケールで表される。
「情報の標準化・統合化」が「高」で、「業務プロセスの統合度」が「高」の箇所がヤンマーグループとして管理すべき箇所であるとした。それ以外の箇所は地域や事業体等で管理するものとした。
これはよく考えれば当たり前のことであるが、図示されると説得力が違う。まさに一目瞭然である。ERPを導入するにあたり、やみくもにすべての情報が高レベルの管理でなければならないとの脅迫概念が企業活動としてのムダを産んでいたのかも知れない。
◆コミュニケーションツールについて
マイクロソフトの当時の社長である樋口氏に相談し、Office365を全世界的に導入した。 ヤンマーでの名称は「Y-SQUARE」である。バラバラだったコミュニケーションツールをOffice365に一年半で統一したとのことである。ただし、単に社内コミュニケーションの強化に終わらないところがヤンマーであるが、それは後述する。
◆設計情報ツールについて
ヤンマーのCTOは優秀であり、ヤンマーブランドで販売する製品については、CAD・CAM・PDMシステムを統一しているとのことであった。
次の中期経営計画について
ヤンマーにもレガシーなプラットフォームが存在している。これをどう片付けるか?が課題である。
我々の本当の使命は何か?を考え、まとめたものが「A SUSTAINABLE FUTURE」となる。
ヤンマーとして4つの未来像を目指した。それらは:
・省エネルギーな暮らしを実現する社会
・安心して仕事・生活ができる社会
・食の恵みを安心して享受できる社会
・ワクワクできる、心豊かな体験に満ちた社会
である。
これらを世界最先端のテクノロジーで切り開くこと。
「最大の豊かさを最小の資源で実現する」。これはヤンマー創立者である山岡孫吉の理念の現代版解釈であろう。
◆情報システム部門は何をしていくのか?
今回は「お客様に近づくところ」に絞って説明された。
CADはすべてPro/Eで統一し、3次元で図面を扱えるXVLフォーマットを展開した。
Webサイトについては全社統一、yanmar.comに集約した。
お客様の機械のデータは1分に1回取得している。この拠点を梅田のリモートサポートセンターに一元化した。
XVLやOffice365などのツールの導入目的として、これまで、営業担当者が現場で問題を抱えると、いったん会社に持ち帰って関係部署と検討するという状況を示した。今はiPadを営業担当者に持たせており、XVLベースの3D図面を表示させて技術者が現場に向けて指示することができるようになったと言う。
バックオフィスの人間がお客様に接している人間をサポートするためにツールを使っていきたいとした。
社内コミュニケーションの活性化の目的のためにツールを導入をする企業は多いが、ヤンマーはそれだけでなく、お客様との接点まで見通したツールとして捉えた上で導入を行っていることは特筆できよう。
◆農業について
2050年には世界人口が1.4倍になる。エネルギーは1.8倍になり、食は1.4倍となる。
日本は人口が減っていく。(8,000万人になる)
世界的に食料が不足する。日本はこの点、人口減なので問題がないように見えるが、実際には食に携わる人口減が日本全体の人口減よりも速いため、労働力不足により食料は不足することになる。
ただし、1人・1社当たりが管理する「食」の面積は拡大しているので、効率化を進めていく必要がある。ここをサポートするのがヤンマーの使命であるとした。
◆SMARTASSIST
お客様の機械を通信で見守りながら、経営をサポートしていっているとのこと。
コンバイン(刈り取り機)では、刈り取った粒の量、水分量をその場で測定している。農業機械に搭載しているGPSにより、田んぼの中の良い場所、悪い場所を管理できる。
誰がいつどんな作業をしたのかを自動的にWebに日報として記録できる。
ただし、最新の機械ではこれに対応できるが、農業機械は10~20年使用されるため、古い機械を利用しているお客様への対応をどうすればよいかが課題であるとのことであった。
◆SCM(サプライチェーンマネジメント)
SCMとは、(仮想的に)一人が仕事をしていたものを、部署で分けるようにしたものと解釈できる。ただ、それぞれの部署で最高の仕事をするだけでは、うまく繋がらない。矢島氏はこれをうまく繋げたものがSCMではないかとした。
SCMはメーカー側から見たフェーズであるが、これを矢島氏はお客様の視点に改めた。
農業としての業務のプロセスは、「土作り-育苗-田植え-除草-刈取り-収穫-販売」であるが、ヤンマーが見えているのは機械を使っていただいている部分だけであった。他の部分で何をされているかについては、何も判っていなかった。
ヤンマーは、これを全てサポートしたい。お客様のお仕事を我々が把握し、幅広いソリューションを提供したいとした。
農家は田植えの後は感覚で水を撒き、稲を育てていた。
ヤンマーではドローンで上空から育成状態を確認することで田んぼの中の良い箇所・悪い箇所を特定していき、悪いところは土作りからまた始めていくPDCAサイクルを確立することを提唱している。この実現のためにはヤンマー1社だけではできないため、コニカミノルタとの合弁会社を作り、そこで画像解析技術を取り入れた。
これにより農家の収益が3割向上した。ただし、必ずしも収穫量の増加が収益の向上につながるということではないとのことであった。
ヤンマーは食をサポートしている企業である。消費者の口に入るまでをサポートするということである。
労働力のサポートとして、1台が人が操縦する実車であり、他方が自動走行する農業機械を考えている。
なお、農業機械の場合は大型化(200馬力1台)よりも、複数化(100馬力2台)が、土壌が傷まないため好まれるとのことである。2台体制により、並列作業で同時に倍の面積の作業を行う、直列作業で異なる作業を1度に行うなどが可能になる。
◆デジタルビジネスへの展開
新しい業務の構築については、中央研究所-ビジネスシステム部-事業部の流れがある。このため中央研究所のメンバーが数名、ビジネスシステム部を兼務しており、どういうコンテンツベースを作るかはそこで考えている。
また、設計は研究所が行い、組み込みは「ヤンマー情報システムサービス株式会社」が開発する。運営・運用はビジネスシステム部が行う。データ解析は中央研究所とビジネスシステム部が行う。
社内各部署から発せられる新しいアイデア(RPA、AI)はそれぞれ独自にやってもらっているが、ビジネスシステム部からは「サーバー・ネットワークは勝手にするな」「データベースは勝手にどこかに置くな」「先行技術を実働に落とし込むときは言ってくれ」「本番運用はこちらに任せてくれ」「情報セキュリティは相談してくれ」と、指導をしているとのことであった。
IT部門における役割
1. サーバー・ネットワークのトータル最適化
2. 情報管理の集約およびデータ分析・活用
3. 先行技術のビジネス(実働)への落とし込み
4. 事業を支える基盤・運用体制の提供
5. 情報セキュリティの確保
この5つは研究所などにとって面倒臭く、嫌なものなので素直に聞いてくれている。ビジネスシステム部では、この5つを掌握することで、どこで何が行われているかが判るようになっている。
◆海外の農家のお客様
昨年、タイのウドンタニ県までユーザ調査(自社利用・他社利用・手作業)に行った。
矢島氏が驚いたのは高齢者がスマートフォンを100%所有していること。それらの人は電話はお金がかかるので使わず、無料の「LINE」アプリを使っているとのこと。ある農家にインタビューしていたが、10分もしないうちにLINEで呼び掛けられて20人ほどが集まって来たというエピソードも披露された。
これまで、遠距離のお客様(サービスセンターから2、3時間かかるなど)の電話での要望で出向き、単にリセットボタンを押してごく短時間で作業が終わるなどの事例があった。サービスする側も効率が悪いが、これはお客さんにとっても2-3時間待たせるということである。
矢島氏は、「LINEを使わない手はない」として、お客様にLINEで動画を撮って送ってもらい障害を調査する、現地のスタッフで分からなければ動画を日本に転送して判断する、などを考えているとのことである。
これらの状況は現地のスタッフでは当たり前に見ていることであるが、ビジネスシステム部の人間が現場に行って見る(ユーザの行動観察)ことで現場を繋いでいかないといけないと感じたそうである。
『なるほどこれが「デザインシンキング」「カスタマージャーニー」なのかと判った』とのことであった。
ここできっちり今回のテーマである「お客様サービスを変革する」につなげているのは秀逸であった。ちなみに筆者の専門は人間工学・デザインなので、情報システム部門の施策に人間工学的要素が入って来ている現状は喜ばしいことである。
矢島氏はヤンマーでも、ロボット化・電動化を検討しているが、個人的には電気だけでは生きていけないと考えているとのことであった。
「電気は食料よりも早く枯渇しそうである。どこで電気を作るのかが問題。最小の資源で最大の豊かさを目指さなければならない」として本講演を締めた。
締めで「最小の資源で最大の豊かさ」というヤンマー創立者・山岡孫吉の理念が再び語られている。聞きやすく素晴らしい話の構成であった。
東京に劣らず今回の例会でも質疑応答は活発であった。
ベンダーとの付き合い方としての「実になる」外部リソースの使い方についての問題提起があった。
製造現場に残っているレガシーシステムをどうするか?という質問については、ヤンマーでも日本をマザー工場として海外展開をしている。マザー工場が使えないパッケージソフトウエアでは海外工場を指導することができないため、レガシーシステムのまま世界展開しているとのことであった。
ITシステムの「値ごろ感」については、1億円でも100億円でも「高い」といわれるが、「売上高の1.3%でやります」という表現ならば通るとした。
場所を変えての交流会では、矢島氏も加えた30名ほどの参加があった。これはかなり高い参加率である。この種の研究会が関西でも望まれている証左であろう。
(新家 敦/個人正会員/精密機器メーカー、京都市)