第57回例会報告
第57回となるビジネスイニシアティブ協会の例会は、ミサワホーム株式会社、企画管理本部 情報システム部 部長の宮本 眞一氏から、「ミサワホームのIT再構築「クラウドファースト」と「バイモーダル」へのチャレンジ」というタイトルで、5年にわたる同社のIT改革事例を拝聴した。
宮本氏のご講演の概要
背景
ミサワホームでは、注文一戸建てが中心の市場を構築していた。しかし、この市場はピーク期から見て半減している。また、相続税の改正や今後更に増えるであろう空き家問題、更には住宅に関するニーズの変化、つまり郊外型マイホームから勤務地に近いマンション、賃貸へのシフトなど、多くの問題が背景として存在していた。
これらの環境変化を踏まえて、新たな事業にチャレンジしなければならない。具体的には、資産の活用、介護事業、金融などである。そのためには、スピードと柔軟性が極めて大事となる。そしてそれを支えるのが、情報システムであり人材である。このような、「先の見えない状況に対応するIT」これが、宮本さんに与えられたミッションであった。
情報システムの整備
ミサワホームでは、全国にグループ会社が多数独立して存在した。これは、かつては地域密着としての強みであったが、現在では各社単位のIT投資という足かせとなっていた。そこで、システム整備のプロジェクトが発足。グループ会社のバラバラのITを統一し、どこでも仕事ができる環境を構築し、便利且つセキュアなシステムを構築することが目的となる。
宮本さんの話の中で、強い印象に残った言葉があった。それは、「今回のシステム再構築は千載一遇のチャンスであり、周回遅れからトップランナーになる」である。
本当に、“周回遅れからトップランナー”になれるのか、という声はあった。宮本さんの答えは簡潔である。それは、「現在ある最新のテクノロジーを買ってきて配備すればいい」というものだ。今までのグループ会社ごとのシステムは痒いところに手が届くものかもしれないが、その文化は変えればよい。具体的には、ERPの導入、クラウドサーバの導入を基本として、ユーザ部門と一体化してプロジェクトは発足した。
段階的導入
まずは、間接業務をシェアードサービスに移行した。それは、財務会計、人事給与、情報システム基盤、設計作業の一部などの分野に分かれる。それぞれの分野は、段階的に導入されていった。この段階的な導入に対してクラウドサーバは大きなメリットがあった。ミサワホームが導入したクラウドは、Amazon Web Service(以下、AWS)であった。このクラウドサービスについて、宮本さんの話は明瞭であった。それは、日本のデータセンターがクラウドと称して提供している、仮想環境ハウジングは本当のクラウドではない。これでは、結局5年後にハードの入れ替え・厳格なサイジングという無駄な仕事が待っている。だから、より柔軟な環境を目指してAWSの導入となった。AWSの導入に関しては、処理速度に応じてスケールアウトを行った。作業は数分で終わった。もちろん、AWSが完璧であるわけではない。ノウハウも必要である。しかし、それ以上にメリットがあり、今後もクラウドファーストで拡大をしていく予定である。
AWS導入
AWS上に各種ソフトウェアを導入する場合に、ベンダーの協力は不可欠である。しかし、以前には、AWS上では動作を保証しない、という回答をもらったことがあった。理由を追求すると、何ということはない、経験がないだけであった。もちろん、実際にやってみたら動作した。今でも、AWSが前提である場合に、積極的でないベンダーもいる。オンプレミスのほうが安いという一面を強調される場合もある。しかし、5年ごとのリプレースを考えたくない。また、社内での反対意見もあった。多くの意見はセキュリティである。しかし、これはクラウドでもオンプレミスでも同じであろう。そして、契約の問題を意見されることもある。それは、過去の顧客の図面等、重要な情報の損失に対する保証がAWS契約にはないことだ。もちろん、これも同様である。自前サーバであってもデータセンターであっても、機会損失を保証する契約はないだろう。
今後の方向性
運用を自動化、DevOpsなどに取り組んでいきたい。中でもAWSならではの狙いがある。それは、24時間稼働をやめることだ。夜間バッチを行うくらいなら、日中にリソースコストをかけて夜間サーバを停止すれば良い。すればIT部門も安眠できる。また、管理部門の一部の業務など、午前中だけの稼働でいいものもあると睨む。このように、サービスベースのAWS導入により、労働環境にまで視野にいれての戦略が可能になる。
今後の情報システムのミッション
次の飛躍として、攻めのITに進出したい。例えば、SNSのモニタリングシステム、オーナーズサイトの充実、電力自由化に伴う省エネアドバイス、Google機能の利用などである。
上記のなかで、Googleの利用は反響があった。それはGmailやG+などである。反響は若者からであった。なぜなら、会社に入る前には普通にGoogleのサービスを利用していたのだが、会社に入ると、メールシステムやグループウェアが貧弱でがっかりしていたからだ。やればできるじゃないか、という熱烈な歓迎の言葉をうけることができたのだ。Googleサービスの利用は、その運用も変える。情報システムに不明な点があれば、従来なら情報システム部門に聞くしかなかった。しかし、Googleサービスをベースにすると、若者は情シスに問い合わせをするのではなく、ググるのだ。
だるまさんが転んだ方式
テレワークシステムも導入した。BCP対策は重要である。ミサワホームでも重要な課題として取り組んでいる。その中で、地震や津波という巨大災害に目を向けることも重要なのだが、毎年発生する台風・大雪に対応できるようにしたい。またインフルエンザもそうだ。発熱がやわらいでも数日出社できないことになる。そこで、自宅からでも仕事ができるテレワークシステムを導入した。
上述のGoogleサービスもテレワークも、望んだユーザが徐々に切り替える方式をとった。新たなものを導入すると必ず様々な調整が必要になる。しかし、AWSやGoogleなどのサービスであれば、必要な人に必要なコストで価値を提供できる。そして、気がついたら多数が使っていき、既成事実となっていく。これを「だるまさんが転んだ方式」と呼んでいる。
クラウドファーストの本質
クラウドファーストは仕事のやり方を根本的に変えるものだ。それは、従来の情報システム部門の仕事の方式と、ビジネス部門のそれとの違いに現れる。情シス部門は、手戻りのない要求仕様を求める、しかしビジネスというものはやってみないとわからない。従来型のオンプレミスだと、将来を見込んだ適切なサイジング・繊密なスケジュール化をしなければならない。しかしビジネス部門は、そんなことを待っていられない。細かいことは一任したいということもある。
クラウドファーストで、ビジネス部門のスピード感についていけ、施策の試行錯誤に付き合うことができるようになるのだ。
バイモーダルへのチャレンジ
クラウドを基盤に据えても、組織文化や人間が変わらなければ、会社は変わらないだろう。但し、全ての人間が変われるわけではない。そこで、バイモーダルな人材像にチャレンジしたい。バイモーダルの一輪は、堅牢性を重視する従来型のバックオフィス系である。これはマラソンランナーに例えることができるだろう。
対してもう一輪はスプリンターである。それは流動性を重視しフロントエンドでイノベーションを模索する。この車の両輪をしっかり駆動させて、ビジネスを推進していきたい。
質疑内容
Q.クラウド導入に際して経営を説得した、その方法とは?
A.まずは、従来型との比較を説明し、論理的に話した。但し、経営からの質問はロジカルなものではないことが多く、漠然としている。そこで、まず小規模でやってみることができるというメリットを強調し、説いた。
宮本さんの今回の講演は、5年にわたるシステム再構築の事例であった。宮本さんは、その以前から情報システム部門に在籍されていたのではない。以前はビジネス部門に在籍し、シャドウITといわれる立場であった。だからこそ、ビジネス視点での改革が成功したのだな、ということを得心するご講演であった。
熊野憲辰(株式会社リフレイン・BSIA運営委員)