第53回例会報告
ビジネスシステムイニシアティブ協会(以下、BSIA)では、例会と称して毎月講演者をお呼びし、ITとビジネスに関する卓越した事例を共有している。それも今回で53回目だ。
第54回は、一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会 専務理事の金修さんから貴重なお話をいただいた。 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会殿(以下、JUAS)は、一般企業のIT部門の視座から、ITの利用促進に寄与することを目的とされている。 そして、もちろんBSIAもユーザ自身がITのイニシアティブを取り戻すように呼びかける。 JUAS殿とBSIAは、その志において強い結び付きがある。 という中で、今回JUAS専務理事であり、BSIA顧問でもある金氏が満を持してのご登場である。
金氏のご講演の概要
日本の産業とICT活用の振り返り
日本の産業は、現在衰退期にあると言われる。そして、時代の変化に気づくタイミング、これも遅い。変化は小さいうちにそれに気づき、行動を起こす必要があるのだろう。これが現在の欧米リーダー企業の後塵を拝した原因だろう。 また、今まで、「ITは道具である」という主張をしてきた。しかし、これが若干のミスリードになっていたのかもしれない。今やITは単なる道具ではなく、武器(Weapon)の時代となった。
攻めのITと守りのIT
動向調査によるとIT投資で解決したい課題は、未だ守りのITが多い。守りのITとは、業務の効率化やコストダウンにあたるものだ。そして、攻めのITとは企業の売上向上、市場拡大、新規ビジネスなどを企画~開発するものにあたる。 企業は未だに守りのITへの投資が多いことがアンケート調査からは示されるのだが、大企業ほど攻めの比率が多いということが動向調査の結果わかっている。つまり、守りにあたる基幹系などのインフラシステムが、大企業ほど整備され、攻めへの投資が可能になっているということだろう。 また、もの作りの時代から情報の時代への変化も重要な観点である。もの作りの時代は、産業ドリブンであり、サプライヤの視点で物事を考えていた。 それが、情報化時代では、マーケットドリブンであり、顧客志向でビジネスを企画しなくてはならない。 ここで、重要な確認がある。
もの作りの時代においては、利益を向上させる公式が存在した、ということだ。利益は、(売上-コスト)で算出される。そして、コントロールできるのはコストであった。だから無理や無駄をなくすことに注力された。この点において日本企業の能力は極めて高く、大きな成果をあげた。もちろん、その成果の原動力はITであった。 しかし、情報の時代においては、そのような公式は存在しない。コストダウンが頭打ちなら、売上を上げないと利益は上がらない。売上を上げるには、発想を変える必要があるからだ。
今後のIT部門
企業の中のIT部門は不要だ、または今後その存在価値が縮小するという論がある。ビジネス部門やマーケティング部門が自らITという武器を手にし、タスクを推進する状況を想定してのことだろう。実際、企業のIT部門は、自社の基幹業務やインフラの運用で手一杯。コストや人員削減の圧力も強い。 このような背景の中、IT部門のメンタリティが疲弊していることは確かだろう。 しかし、もう一度、そのマインドに火を点けたい。 そのために、IT部門は変わらなければならない。しかしそれは、「変わる」というよりも「付け加える」と考えた方がいい。 IT部門は、ロジカル・シンキングは得意なのである。それに「クリエイティブ・シンキング」を付け加えること、それこそが、IT部門がロールチェンジを行う鍵になる。
この先のIT
今後のITはどうなるのだろうか?有名なムーアの法則は未だに有効らしい。 技術も変わっている。プログラマという職も、程なく無くなるという予想もある。であれば、スクラッチ開発は減少することになるだろう。そうなった時、IT屋はどう生き残るかを考えておかないといけない。 現在の状況は、未だ国盗り物語。シェアを確保しロックインするモデルだ。 力の方向を変えなければならない。具体的には、初期コストのモデルから、利用のモデルに変えるなどの方式が行われている。 日本にも、同様の破壊のダイナミズムを起こさなければならない。
質疑内容
Q.攻めのIT部門にロールチェンジするに、具体的な事例などがあるか?
A.完全に成功している企業は、今のところ無いかもしれない。そして、全ての人間の意識を変えるのは難しいし、そうすべきでもないだろう。 具体的な事例としては、Googleの10%ルールや、自由度を持つ遊軍的な組織を作ったというような例がある。
Q.現状の負の遺産のコストが大きい。新しいことに投資できない、という現状がある。
A.長期的な計画を立てて、負の遺産をスクラップにするしかない。その時、利用ログを詳細に分析したり、全て捨てる前提で、絶対に必要なものだけ残すなどの断捨離が必要であろう。
今回の金氏の講演は、事実と経験に基づいた力のある話であった。また、動向調査を中心とした定量的な情報にも説得力がある。そして、何よりも凄みを感じたのはその洞察だ。 上述した概要の他にも、JUAS殿の今後の取り組み、攻めのITの具体的な事例、金氏自身のあの手この手の工作秘話、更にはシンギュラリティにまで及んだ、極めて内容の濃い話であった。
熊野憲辰(株式会社リフレイン・BSIA運営委員)