第74回例会報告:上田靖之氏 「経営におけるCIOの責務とビジネスアナリシス」

第74回例会報告

日立製作所の初代CIOが語るCIO、システム部門の経営における責務・役割とその武器となる「ビジネスアナリシス(BA)」の実際

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11月27日、第74回の例会が開催された。今回の講師は、株式会社日立製作所 初代情報システム管理本部長の上田靖之さん。
講演タイトルは「経営におけるCIOの責務とビジネスアナリシス ~日立の初代CIOが語る経営とビジネスアナリシス」。
経営環境が大きく変化する中、CIOおよび情報システム部門はどんな役割を果たす必要があるのか?今日におけるその責務は何か?さらに責務を果たすために有用な武器と喧伝される「ビジネスアナリシス(BA)」は本当に使えるのか?日立製作所で初代のCIO(情報システム管理本部長)を含めた様々な職務を務め、現在はIIBA® (International Institute of Business Analysis)日本支部の理事としてBAの普及啓もう活動に携わる上田靖之氏に語ってもらった。豊富な経験と問題対応に裏打ちされているだけに、同氏の話には納得感があった。ともすれば抽象的で難解になりがちなBAに関しても、参加者の多くが理解した様子だった。

CIOの役割は他の経営層に対するITの啓もう
“ダメなシステム部門”の特徴も指摘

上田氏はまず経営の情報化に関する現状について紹介した。経産省の調査*1によると、IT戦略が重要だと認識している企業は9割に近い。しかし、IT戦略を実際に策定している企業は40%未満だという。その中でも、資本金5000万円以下の企業では15.3%しか策定していないのに対し、100億以上の企業では82.6%が策定しており、企業の規模によって明らかな情報格差があると指摘した。
同じ調査報告で、売上や付加価値拡大を実現するための攻めのIT投資を行っている企業の割合は、コスト削減や既存業務の管理等を目的とした守りのIT投資を行っている企業の半数程だった。攻めのITへの取組みに関する課題について上田氏は、人材の不足と、自身も苦労したという幹部の理解と認識が特に大きいという。技術的なことだけではなく、ITの本質を理解している人間を育成することとともに、ITへの正しい認識を経営幹部の間で広めることが重要である。
74_1図表 1 CIOと情報システム部門は何を支援するか
そのためにCIOと情報システム部門は何をすべきか。この流れで上田氏が提示したのが図表1だ。CIO、情報システム部門の支援範囲は広い。主な支援としては、CEOへの経営戦略支援、管理部門への業務プロセスの刷新の支援、事業部門へのビジネスモデルの刷新、新事業立ち上げの支援がある。当然のことに思えるが、実際にはバランスに欠け、IT基盤だけに注力したり、案件管理に専念したりといったケースが散見されるという。
その上でダメなCIO、情報システム部門について言及した。
・意思や基本戦略が不明確である
・何がしたいのか分からないにもかかわらず良いものを欲しがる
・評価・比較ばかり行い決断しない
・できない理由ばかり挙げてどうすればできるかを検討しない
・関連組織の圧力や干渉、影響力がある人の鶴の一声でどんでん返しがある
・いつまでに何をするか実行の厳しさに欠ける
・自分たちの能力や長所短所を理解しない
・外部リソースを活用できず何でも自分たちで行おうとする
といったことである。会場では頷いたり苦笑が漏れたりと、多くの聞き手が共感を示していた。そのような困難に対して、CIOの役割として、AIやIoT等の技術の流行はあるものの具体的に何ができるのか本質を捉え自分たちが何をしたいのかを示すこと、経営課題と技術をマッチングし価値を生み出すために、興味を持ち考え続けることが重要であるとした。
74_2図表 2新しい経営システムを創るのも、使うのも「人」
図表2は20年ほど前、上田氏が「e(いい)企業」を示すために作成したものだ。システムを作るのも使うのも人である。人を中心として、①経営とITを融合させる技術と、②利用者のためのインフラとなる環境、③フレキシブルな経営思想とそれらを活用する文化の3つの調和があってデジタルトランスフォーメーションがスタートする。その支援のためにCIOには経営幹部との信頼関係の構築と現場との信頼感を維持する人間性が必要だと上田氏は語った。

BAは当然必要な手法や手順を整理したもの
ITの仕事の流れに沿って習得し、活用する

ビジネスアナリシスは、複雑で複合化した課題・問題を、合理的・効率的・効果的に解決するための意思決定の方法論だ。国際的かつ中立的立場でビジネスアナリシスの啓発を行う非営利団体としてIIBA®が2003年10月にカナダで設立され、100以上の支部が国際的に展開されている。BABOK® (Business Analysis Body of Knowledge)はIIBAより出されているビジネスアナリシスの知識体系のガイドブックだ。ビジネスアナリシスでは、課題が異なっていても課題解決のプロセスは共通で、何かをしたいときにどこへ行きたいのかゴールを設定し、そのギャップを埋めるために何を考えて、何を行い、どんな手法を用いるのか最も良い方法を見つける。どんな課題でも適用できるため、複雑で様々な要素が絡み合ったシステム設計や開発をどう進めるかにも適用できるのではないだろうか。
BABOK 3.0ではビジネスアナリシスの各要素をいつどのように使えばよいのかプロセスについては触れていない。しかし、現場で課題解決に利用するにはプロセスが必要だ。闇雲に議論やインタビューを行ってもまとまりのある整理ができないからだ。そこで、上田氏が考えるビジネスアナリシスの活用プロセスについて紹介された。それを図に示したのが図表3だ。
74_3図表 3ビジネスアナリシスをプロセスから考える
ビジネスアナリシスを、
① 現状認識と課題、問題の特定
② 原因分析
③ 目標設定
④ 解決戦略と実行計画
⑤ 解決環境の構築
⑥ 解決策の実行
⑦ 評価
というプロセスで進める。その上で、①何をどう変革しなければならないのか、②どんな要求を元に変革するのか、③それに関連する人は誰なのか、④変革によってどんな価値を生み出すのか、⑤どうやって変革を起こすのか、⑥周囲環境・実行環境はどのようになっているかという視点でプロセスを考える必要がある。プロセスをサイクル化し問題解決の思考や判断のチェックリストとして整理しておくことで活用が可能だという。
ビジネスアナリシスのような体系化された手法を企業の文化に取り込むことで変革を継続的に行い、メンバーやステークホルダーが同じ言葉で議論し、効果的に課題解決を実行できる。そのために、CIOは周りを巻き込みながらビジネスアナリシスを経営のシステムに組み込むことで、組織の文化として考え方や意思決定の習慣にできる。質疑応答の時間では、会場からビジネスアナリシスの具体的な適用方法について質問が出た。まとめとしてBSIA 木内理事長からは「システムは文化であり、文化が形成されなければ実現できない。文化は変革に時間がかかり、とても大変だ。しかし、誰かが始めなければ変わらない。積み重なることで徐々に文化が形成されていき、文化となればなかなか崩れない強さを持つ。ビジネスアナリシスの活用も同様だ」と締めくくった。

*1 平成28年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(情報処理実態調査の分析及び調査設計等事業)調査報告書 平成29年3月 経済産業省

田口雅美(BSIA運営委員)

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