第73回例会報告:中田康雄氏 「戦略策定と戦略実現の手ほどき」

第73回例会報告

10月25日、第73回の例会が開催されました。

今回の講師は、株式会社中田康雄事務所 代表取締役(元カルビー株式会社 代表取締役社長兼CEO、CIO)中田 康雄さん。講演タイトルは「戦略策定と戦略実現の手ほどき」でした。中田さんは宇部興産、三菱レイヨンのIT部門でシステム開発経験をしたのち、カルビーCIO、その後同社代表取締役兼CEO,CIOを歴任し、ITと経営について造詣が深い方です。今回はその御経験を活かしてITを駆使した経営戦略面について、ご講演いただきました。

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1.戦略とは何か 2.悪い戦略と良い戦略 3.「バカなる戦略」とは4.戦略の見える化としての戦略ストーリー 5.戦略実現の見える化6.戦略スコア・カード 7.ケース・スタディ:青山フラワーマーケット当日は上記ストーリーに沿って、ITを如何に攻めの経営に活かしていくのかについてご説明を頂きました。

  略歴

1967年慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了後、宇部興産(株)、三菱レイヨン(株)にてIT部門でシステム開発の経験を積んだのち、1979年カルビー株式会社入社。情報システム室長、専務取締役、取締役副社長としてCIO、CHO、CFOを歴任した後、2005年6月から代表取締役社長兼CEO、CIOに就任し、2009年6月までEPRシステムの導入、BSCの導入、Jagabee。Vwgipsのビジネスモデル構築、PEPSICOとの戦略提携、ガバナンス革新、IPO基盤整備、などを実現した。また、2005年6月から2010年6月まで株式会社オートバックスセブンの社外取締役、2009年6月から2013年4月まで株式会社コジマの社外取締役も務め、2016年10月からは株式会社みらいワークスの社外取締役を務めている。2009年10月より株式会社中田康雄事務所を起業し。ITの戦略的活用、BSCの導入・定着、従業員満足度向上などを中心に戦略コンサルティングを提供している。また同事務所はベンチャー企業の経営アドバイザーおよびトップマネジメントのメンター機能をも提供している。

 超イントロダクション

ダイバーシティの時代だが、女性の方が圧倒的に少ない。気がなえますな。カルビーのことを聞きに来た人?。ITのことを聞きに来た人?。すいません。まったく話しません。というトークで笑いをとって掴みはOK。でもやっぱりカルビーの話しは聞きたいよねと思った瞬間でした。

 そんなバカな+なるほど=「バカなる戦略」

まず中田氏は、優れた戦略の必要条件として、革新的であることと長期で取り組むこと、資源を集中させることの3つを挙げた。そのうえで、戦略を構想するにあっては「バカなる戦略」が有効であると説いた。「バカなる戦略」とは、神戸大学名誉教授の吉原英樹氏による経営戦略の成功のキーファクターだ。良い戦略は、「バカな」と思われるような非常識さと、よく考えると「なるほど」と納得できるロジックを兼ね備えているとするものである。

続いて、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木健氏が著した「ストーリーとしての競争戦略」を引用し、戦略ストーリーを描くことの重要性を強調した。「バカなる戦略」を起点とした「ビジョン(ビジネス・コンセプト)」の提示、「クリティカル・コア(キラー・パス)」の探索、それらを具現化した施策である「打ち手」の整理というプロセスがあるという。

ビジネス・コンセプトは、①ターゲットである「誰に」、②どんな価値を提供するかを示す「何を」、③自分がその製品・サービスを提供する理由である「なぜ」を明確にしたものである。「企業が戦略を考える時、この3つのなかで特に『なぜ』の要素を飛ばしてしまうことが多い。しかし、この『なぜ』が重要であり、それが明確であるほど競争優位に立てる」と中田氏は指摘する。

具体的には、どういうことなのか?ここから中田氏は、サウスウエスト航空とセブン-イレブンの例を挙げて話を進めた。まず、「ストーリーとしての競争戦略」で取り上げられているサウスウエスト航空は、米国の格安航空会社として知られ、収益力も安全性も高い。そんな同社のビジョンは「長距離バスの利便性と低価格を、飛行機でしかもフレンドリーなサービスを伴って実現する」というものだった。これを実現するため、当時の航空会社の常識だったハブ空港を経由する輸送を採用せず、小規模空港間での直行便を採用した。

  戦略を打ち手に展開する具体例

これがサウスウエスト航空のクリティカル・コアである。同時に、空港で駐機する不稼働時間の目標を15分に設定した。航空機のゲート到着から再び飛び立つまでの時間を徹底的に短縮することで機材を有効活用し、採算性を高めた。それは機種の統一や乗り継ぎを前提としないフライトスケジュール、航空荷物の乗り継ぎサービスのカット、フライト毎の機能横断型のターンチームによるオペレーション、現場での自由裁量に基づく意思決定、といった打ち手(サウスウェスト航空のユニークな特徴や社風)につながっている。

セブン-イレブンの戦略ストーリーも紹介した。セブン-イレブンのビジョンは「近くて良かった」、クリティカル・コアは「店舗による発注」だった。かつては本部発注が業界の常識だったが、近隣のお客様のためにはそのお客様を良く知る店舗のスタッフが発注した方が良いという戦略の下、店舗の現場での仮説立案・検証スキルの育成が現場発注を支える打ち手となったことは、広く知られている。

ほかにも打ち手は多い。店舗指導員であるOFC(オペレーションフィールドカウンセラー)のスキルを向上のため、週に1回(現在は2週に1回)、全国からOFCを一堂に集める会議の開催、欠品を悪とする機会損失コンセプトの浸透のための欠品情報の提供、仮説検証の手段であるPOSと発注端末の機能の拡充、地域情報の収集手段として町内会への加入、などである。こうした明解な戦略(とそのストーリー)がセブン-イレブンを今日の地位に押し上げたと分析した。

これらの事例を通して中田氏は、コンセプトとなるビジョン策定が最も重要であるとし、打ち手の核を見つけ、さらに論理的に打ち手を因果連鎖でつなぐことで戦略ストーリーとなると話した。サウスウエスト航空の直行便方式、セブン-イレブンの店舗発注など、その時点で「バカなる」度が非常に高い事ほどクリティカルな打ち手となり質が高いとした。

  バランススコアカード(BSC)が再浮上

ここで話が終わるわけではなく、中田氏は続けて戦略ストーリーを実現するための方法を説いた。その方法とは1990年代に一世を風靡したバランススコアカード(以降BSC)である。「株主満足を重視しすぎた結果、企業業績が停滞した米国において、日本企業の経営を学び、体系化したのがBSCだ。1992年代に編み出され、逆輸入されて日本でも多く普及した」(中田氏)。

ご存じの方も多いはずだが、BSCは「財務の視点」(業績評価)に加えて、企業から見る顧客や顧客から見た企業といった「顧客の視点」、製品や業務内容などの「業務プロセスの視点」、企業風土や従業員の意識などの「成長と学習の視点」を加味した業績評価手法であり、これらの視点の前(上位)に企業のビジョン、戦略が存在する。「BSCは、ビジョン、戦略から財務、顧客、学習と成長、ビジネスプロセスの4つの視点で打ち手を明確にし、アクションにつなげていく」(中田氏)。

4つの視点は打ち手を決めるのに役立つのに加えて戦略遂行の指標になる。財務と顧客は、結果系としてKGI(主要目標達成指標)に、学習と成長、ビジネスプロセスは原因系としてKPI(主要業績評価指標)に反映されるという。「打ち手ごとにKGIまたはKPIを設定し、全社で共有してPDCAを回す。こうすることでビジョンの実現が組織的な取り組みとなる。4つの視点は、学習と成長からビジネスプロセスのカイゼン・革新につながり、戦略が実現され、顧客満足そして株主満足につながるという因果関係にある」(中田氏)。

図:4つの視点とステークホルダーの関係

4つの視点 ステークホルダー
原因系 学習と成長 従業員
ビジネスプロセスのカイゼン・革新 ビジネス・パートナー、地域社会
結果系 顧客満足 顧客、地域社会、地球環境
株主満足 株主

さらに打ち手を戦略マップに落とし込むことで戦略のチェックができる。戦略の全体的、体系的な俯瞰とそれによる不備の発見や、打ち手の相互関係、因果関係の理解と優先順位の理解の深化、組織での共有、そして個人、チーム、事業部の戦略的位置づけができる。このように有用なBSCだが、今ではもう輝きを失ってしまった。会場で挙手にて行ったアンケートでもBSCの取組みがうまくいっている企業は0だった。

それはなぜか。BSCは業績評価手法の側面が強調され、ビジョン創出や戦略策定についての提案がなかったこと、戦略の品質を担保するものではなく、戦略実行のためのKPI設定ツールとして使われたこと、数値目標の達成だけが目的化してしまったこと、KPIが異常繁殖しコントロールできなかったことが、衰退要因としてあると中田氏は分析している。本質を理解せずに他社が取り入れているからといった動機で取り入れた企業が少なくないのもその1つである。会場でも、上から数値目標だけが落ちて来て、戦略については事業部任せ、部門任せになり、骨抜きになったという声があった。

「だが、今のように先行きが予測できない状況だからこそBSCが求められる」と中田氏は指摘する。「米国でBSCが生まれた理由と同じく、日本でも株主(利益)第一主義からの脱却が必要である。ビジョンを起点とし、戦略を持って実行するビジョナリーカンパニーへの評価が高まっていることもある。何よりも、ビジョンや戦略なしに、売上高や利益など数値目標しか掲げない経営の行き詰まりがある」(同)。

  中田氏が編み出したBSC2.0とは?

そこで中田氏が提唱するのがBSCを進化させたBSC2.0である。ビジョンや戦略と4つの視点を連携させにくいBSCの問題を解消。ビジョンを作り、それを達成する戦略ストーリーを展開し、それを実行するための打ち手と指標を設定する。そこから重要成功要因を特定してKPIを設定する。重要成功要因とビジョンからあるべき姿を描いて、KGIを設定する。KPIとKGIは因果関係として結ばれ、Strategic indicator cardとして指標の関係を示す、というものだ。BSC2.0により、経営計画と予算がリンクし、更にはBigDataによる予測も可能になると中田氏は展望を示した。

図:BSC2.0に基づく戦略経営の概念

BSC2.0

ここでも中田氏は、青山フラワーマーケットの事例から、BSC2.0に則ったビジョンと戦略ストーリー、それに紐づくKPI及びKGIの例を挙げ、さらにStrategic indicator cardに落とし込んだ例を示した。実際にBSC2.0の応用例を示したことで来場者もイメージを把握し、質疑応答では、クリティカル・コアの決め方や中期経営計画への考え方、BSC2.0の運用についての具体的な質問が出た。最後に、まとめとしてBSIA 木内理事長は「中田氏が取り上げたケーススタディの共通点に現場への権限移譲がある。この点は見過ごしてはならない。成功するためには現場の判断や取り組みを経営にうまく取り込む仕組みを作り上げることが欠かせない」と締めくくった。

  テーブルディスカッション及びQ&A

Q.クリティカルコアの決め方。冷蔵庫をなくすと1日2日で売り切るのどちらがバカか?
A.冷蔵庫をなくすだと思っている。

Q.カルビーの失敗事例は?
A.失敗はない。カルビーは成功した。加工食品は生鮮食品だ。袋に製造年月日を記載を記載した。営業マンのノルマをなくし鮮度管理に注力した。自発的に神戸の灘生協だけが賛同してくれた。鮮度に着目すると商品力を高めないと圧倒的には売れないSCMの流通経路を短くするキーになるのは鮮度。
Q.戦略策定の中期計画について:変化が激しい時代に年一回の中期計画の立て方や今年の?%増しとかいうものがどう見えているか?

A.経営資源を集中して投入するのが大前提。そうしないと本当に大きな成果がでない。3年くらいは我慢してブレずにこれを実現するのだというものがないと継続的成長・企業価値拡大はない。
Q.BSC1.0を必至になってやらされていた。会社全体のBSCだけでなく部門BSCにブレイクダウンしろと言うことで間接部門も無理やり作っていた。BSC2.0ではどう考えればいいか?財務の視点はどこに入れればいいか。
A.責任を分散していて最悪。基本戦略は全組織あげてやる。うちはどれをやるかが明確になっていればいい。一番まずいのはTOPが責任放棄して、KPIがどんどん増えていくこと。目標をどうやって実現するかを上が示さないと誰もコミットできない。
質問者:(中長期では数値目標は示さなくなった。3年計画のブレで一喜一憂してもしかたない。)
財務の視点はKGIの一つ。

Q.1.ビジョンのない(あやふやな)企業も多い、ビジョンをどお作る。
2.カルビーのビジョンはどうやって作ったか?
3.一番衝撃だったバカなるは?
4.BSCのうまい運用方法
A.1.社長を変えるしかない。社長を中田塾に送りむ。
2.昭和50年にポテトチップスに参入。10社は競合があって完全に後発だった。えびせんを海外で発売した。まったく売れなかった。白人を想定したが魚系を受けつけなかった。見本市でポテチに黒山のひとだかり。当時3,000億市場、日本は人口比で1,000億はあると想定。一袋100円で販売。TVCMもうった。全然売れない。日に焼けたポテチを見てやっぱり鮮度だと思った。えびせんの売り方を間違ってると指摘を受けた。加工食品ではなく生鮮食品だ。作ったら直ぐに見せに並べないと駄目だよ。ルートセールスくらいやらないとだめだ。
3.未来工業の従業員第一という発想。
4.単純なのが一番いい。BSCの戦略ストーリーは一つでいい。それに対してどう貢献するかを考える。KPIをそれ以上作らない。地域事業部ごとに鮮度管理、組織ごとにKGI・KPIが見えるようにする必要はあった。

Q.1.外部環境をどお取り込むか?競争情況をどお取り込むか。BlueかREDか?
2.3年前のビッグデータカンファレンスでBSC経営をやめたとおっしゃっていたが。
A.1.同じ土俵で競争するならRedの場合長く留まらない。競争情況をしっかりと認識する必要はある。
2.BSC導入を導入して、中計を作り。ストーリー仕立てで。ビジョンを明確に示した。その当時のビジョンは日本的スナックだった。スナックという文化はアメリカの文化。戦後進駐軍が持ち込んだ。日本的に作り直したのがカルビーだった。スナックを日本的にしたのはカルビー以外見当たらない。素材重視、健康嗜好、自然第一、見た目の大事さ、形が揃っている、色が鮮やか。日本の食品は洗練されている。世界中で召し上がっていただく。戦略をストーリー仕立てで立て展開していく、KPI/KGIの見える化した。CEOとCIOを兼ねていたのですんなりできた。会社の方向性を決め、目標設定して実施したかしないかで人事評価した。こういう形で実現して成長軌道に乗った。この段階で上場した。上場することでパブリックな存在になり、資金調達、人財確保、海外進出。この状態で次の世代に渡した。鮮度で経営はもはや当たり前。そこだけで経営していくのはできないとなった。そこで方向性がガラッと変わった。新しい戦略への転換をしたが自分の目からはよくは見えない。

 木内理事長総評

情シスの話しはなかったですよね。これが活動の頭にビジネスをつけた所以。今日は経営のシステム作りの話しをしていただいた。こういう前提があって情報システムができる。経産省でCIO勉強会をやった。いろんな会社が事例を紹介していた。じゃがいもへのこだわりが印象的だった。国産以外使わない。日本は品種改良がすすまん。国がくだらん規制をするからだ。農業ITは自社農場でやっていた。オランダの会社にデータ送付。そこから会社の中にレコメンデーションする。工夫がありこだわりがあった。3つのケーススタディの共通点。みんな現場の感覚に委ねている。現場が一番事情を知っている。現場を見ないとわからない。全て現場の感覚を経営にうまく取り込むことをやっていた。改めてこのことを感じられた。

本文:田口雅美(データコム株式会社)

超イントロ及びQ&A:江戸栄一(リコーITソリューションズ株式会社・BSIA運営委員)

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