第70回例会報告:田井昭氏 「IoTビジネス時代におけるIT部門の役割」

第70回例会報告

7月27日、第70回の例会が開催されました。今回の講師は、コニカミノルタ株式会社 執行役IT企画部長 田井 昭さん。講演タイトルは「IoTビジネス時代におけるIT部門の役割」でした。
IT技術の進化によって、IoTビジネスを創出する事例が増えており、企業によってはIT部門にIoTビジネス対応を求められています。一方、従来のIT部門の業務・役割は変わりなく、両立には課題が見られます。コニカミノルタでは「課題提起型デジタルカンパニー」への変革を経営中期計画に掲げ、IoTビジネスを加速しているそうです。今回の例会では、IoTビジネスの事例も含めて、コニカミノルタのIT部門の役割・活動についてお話いただきました。
  P1060305_ssquare  

記念すべき第70回となる研究会は,2017年7月27日に東京・飯田橋のTKP飯田橋ビジネスセンター カンファレンスルーム3Gにて開催された。今回は比較的年齢層の高い会員で会場は超満員となった。

講演者の田井氏は現在,コニカミノルタ株式会社の執行役 IT企画部長である。入社時(当時は小西六写真工業株式会社)は製品開発を行っており,当時は情報システム部門には良い印象を持っていなかったとのことであった。製品向けソフトウエアの開発者が情報システム部門の開発者よりも技術力は高いと考えているのは,どこの会社にもある普遍的なことなのかも知れない。

その田井氏が上司に請われてIT部門に移籍する。現在のコニカミノルタの状況は,創業時のカメラ事業からはすでに撤退しており,事務機の製造販売が主力のメーカーとなっている。カメラ事業からは撤退したが,コア技術として保有している映像処理技術は高く,これを今の時代が求めているエッジコンピューティングなどに応用している。映像情報をクラウドに蓄積する需要は高いが,その情報量をそのままネットワークを通じて送るのは現実的ではない。同社の保有する映像処理技術を「エッジコンピューティング」として実装することで必要な情報のみをクラウドに送信できるとのことであった。

オフィスに導入されている複合機は,従業員が歩いて届く距離に設置されている。コピー・プリントを取るには当然のことであり、複合機自体が通信機器となっている。この複合機をエッジコンピューティングのベースに使用するという発想は納得性の高いものである。既にファイルサーバなどは1部屋1台ではなく,中央管理となりつつある。その中で複合機をハブの役割にするのは,新たな投資やスペースも不要となりユーザ企業も導入し易くなる。

コニカミノルタが2017年3月に発表した「workplace hub」は同社の強みを活かしたサービスとなる。複合機を核としてオフィス内に小さなコミュニケーションデバイスを散りばめる。これにより従業員の働き方を改善し、オフィス内で発生するあらゆるイベントをエッジコンピューティングにより凝縮してクラウドに蓄積するという技術は,従業員がどのように働いたかを後から証明できるエビデンスの需要を喚起できるものではないだろうか。

 

さて,このように技術的には現在のIoT(Internet of Things:モノのインターネット)社会を先取りしている同社であるが,IoTをビジネスに結び付けるには,IoTから得られる情報を受け皿としての基幹システムに流さなければならない。事業部門が主導するIoTの時代であっても,顧客情報の管理,製品の据付情報などはIT部門が管理・運用している。ただ,これまでどちらかといえば人手により発生していた少量かつ精細なデータを扱ってきた部門が,IoT時代になることにより,膨大なセンサーからの大量かつ細切れのデータを扱うことは,大きな意識改革が必要になる。また新しい技術に対応するスピード感も重要となる。

IT部門には,これまで「正確に・止まることなく」という行動規範があり、新しい技術よりも枯れた技術を好み,システムのわずかな停止もしてはならないというポリシーがある。

ベンダーの提供する,誰も使ったことのない最新の技術は,ユーザ企業側は「実績がないもの」として敬遠してきた。今まではこれで良かったが,今後はベンダーも新しい技術を売り込むために,過去に提供してきたシステムの不具合対応などを打ち切りつつある。逆に新しい技術を積極的に導入するユーザ企業に対してサポートを密にするよう変化が生じている。新しい技術を売り込みたいベンダー側としては当然のことであろう。田井氏はこの流れに「乗れる」よう,ユーザ企業の意識改革を訴えている。

顧客への価値を提供するのは事業部門発のサービスである。情報システム部門はベースとなるインフラを司っている。インフラの上に構築されるサービスは,基幹システムの顧客情報や製品据付情報,さらにIoTによる膨大な情報を融合してユーザに提供される。従って,インフラ部分はこれまで扱ってきた単位時間当たりのデータ量をはるかに超えるスピードでデータの処理を求められる。これらを扱える技術者は従来の情報システム部門から輩出することは困難であることが予測される。これからは新しい技術を持つ人材が必要であり,社内の開発部門から移動する,あるいは外部人材を取り込むことになるであろう。ここで重要なことは,旧来の情報システム部門の人材と新しい技術を持つ人材は親和性については残念ながら低いということである。同一部門に混在させると両者の良い点を互いに潰す可能性が高い。

コニカミノルタでは,この問題を旧来の情報システム部門とは別にミドルウエア専業の部門を作ることで解決した。確かに新しい技術はインフラレイヤーを扱うものではなく,よりサービス近い部分の開発となる。ここで田井氏は以下のような図を示した。

70a

図1 サービス・ミドルウエア・インフラ

図1全体の上位にユーザが存在し,下位にハードウエアが存在する。

サービスとミドルウエアは常にインフラ(情報基盤)の上に位置するものである。これによりサービス・ミドルウエアはインフラを独自に構築しムダを排除できる。またサービスとミドルウエアの違いは,ユーザがエンドユーザであるか,社外でサービスを構築する開発者がユーザとなっているかの違いである。

旧来の情報システム部門はインフラを担当することになり,全体の「質」を決定することになるため,重要な部分である。おそらく今後は,ユーザ側に設置された複合機やサーバ類を含めて自社のインフラと呼称するようになると思われる。インフラの使命は,「裾野の広がり」と「質の維持」であると考える。

ミドルウエア部分は,自身の上位のサービスに対する,まとまった単位の使いやすい機能の提供である。手持ちのインフラを使用して,いかに斬新な切り口の機能が提供できるかが重要である。

サービス部分は,エンドユーザに対して直接,価値を提供する部分となる。多様なユーザの多様な要望に対して,需要を先取りすることが求められる。すなわち,アイデア勝負であるため,数を出すことが重要となり、キラーサービスが提供できた企業が勝つものと思われる。

さて,この図1であるが,実は違和感がある。サービス部分が自社のミドルウエアの恩恵を受けることがなく,独自にミドルウエア部分も内包しながらサービスを開発するところである。

これではサービスの開発スピード感が鈍るのではないかと思われる。さらにミドルウエア開発者が開発した有用な機能は取り込みたいところである。また,インフラ部分の変更の影響を直接受けるため,その部分まで手を取られるのは無駄だと思われる。

従って,以下の関係の方が良いのではないかと思われる。

70b

図2 サービス・ミドルウエア・インフラ改

また,このような構成にすることで,ミドルウエアの開発担当者は直接エンドユーザの多様な要望を受けずに済み,開発に専念することができるであろう。

そもそも従来の情報システム部門の従業員や事業部門の最前線でサービスを開発しようとする人材とは異なり,ミドルウエア担当の開発者は,ユーザとの交渉事には慣れていない。ある程度エンドユーザからは隔離して,純粋に新技術の開発に専念させることが肝要だと考える。

最後に,workplace hubへの期待を述べる。複合機はオフィスの中心に位置し,部屋単位に設置される情報集約システムである。ユーザのパソコンから印刷した紙を歩いて取りに行くため,必然的にユーザに近く設置されることとなる。現在,昔のオフコンのようにユーザに近い場所に設置されるサーバ機器はなくなりつつあり,コンピューティングリソースはユーザの手の届かない場所に移される可能性が高い。

workplace hubはユーザに最も近いところに設置されるコンピューティングリソースという強みを生かし,エッジコンピューティングを進め,膨大な映像・センサデータをローカルで整理してから集約サーバへと情報を送って欲しい。目指すものは,オフィスワーカーの自動的なエビデンス収集である。万一のトラブル発生時に,誰が何をやっていたのかをマクロ的・ミクロ的に後から検証できるようにすることである。おそらくこれは日本の事務機メーカーにしか成しえないサービスであろう。

  質疑内容

Q:ワークプレースハブはビジネスイノベーションセンターがコンセプトを作り、投資をしてプラットフォームを作成したと思うが、ビジネスとしていくら稼ぐかという計画は出来ているか?

A:事業部側では出来ている。ITとしては全てのサービスが整っていない状態。最初の部分ではある程度見えているが先に関してはこれから。データを取得してAIの結果を提供するサービスで売上を狙おうと考えている。

Q:田井さんが事業部門に在籍していた時はIT部門に対してよいイメージを持っていなかったと思われるが、IT部門に移動してからIT部門の人間の考え方をどのように変えてきたのか?

A:以前は会計系の役員がITを兼務していた。その後にIT部門長として移動してきたが、既にクラウド等の技術を利用していた為技術面では問題なかった。中期計画の資料を作成して社内発表するという文化が存在していなかったが、国内海外も含めてITがこれから行うことを話していた。同時に、中途採用を行う事で社内風土や考え方を変える活動を行っていた。費用対効果に関しては特に意識して行ってきた。役員クラスに結果が出ていることを宣伝して認めてもらう活動を行うことで予算を確保してきた。ITの人間は裏方の仕事から、花形の仕事になるような仕掛けをすることで意識を変えることを3年掛けて行ってきた。

Q:戦略家で政治力に長けていてとがった人材であり、マネジメントが上手な方がリーダーとして行っている傾向があるが、とがったリーダーは育てるのではなくて、見つけるしかないと考えている。田井さんは次のリーダーを育てているのか、それとも見つけてくるのかどちらか?自ら進めていく組織としてのモチベーションをどのように高めているのか?

A:育てるのと外部から投与という2通りあると考えている。実際に育てることは可能だと思っている。数は少ないと思うが潜在的な能力を発揮できる環境を与えるならば育つ人はいると考えている。モチベーションを上げるには何と言ってもコミュニケーションをとる事に尽きる。外部に対してIT部門がコミットメントすることが一番のモチベーションに繋がると考えている。

Q:今まではレガシーシステムで守られてきた人と、ビジネスを行う事業部門の間を取り持つ存在として、ミドルウェアの先進的な事に取り組む人がいると思う。それとは対照的に、SAP、通信等の従来からの部分を担当してきた人が、ある日突然にIoTをやれと言われても抵抗を感じるのではないか。人の配置やローテーションはどうしたのか?

A:正直ダイナミックには行っていない。現在IoT専任は10人程度で十分と考えている。継続的に新入社員や中途社員を採用しており、実は退職する人が多く、人の流動性が高くなり能力を上げた人は転職し易くなった。つまり、自然と人のローテーションが高まったのである。

 

新家 敦(BSIA個人正会員)

坂本克也(BI-Style株式会社・BSIA運営委員)

ページ上部へ戻る