第23回例会報告
講師は、株式会社ふくおかフィナンシャルグループ経営企画部部長の河崎幸徳さんです。
河崎さんは、大学卒業後食品製造の会社に入社。標準偏差計算をPCで行ったのをきっかけに、自ら情報システム部に異動したそうです。この経験が、後に銀行に移ってからも活きてきます。
その後、福岡銀行に転職。第三次オンラインの開始時で、勘定系システムだけから、情報系システムを始めたときでした。後に、広島銀行とのシステム共同化プロジェクトに関わり、2009年から現職の経営企画部IT戦略特命チームにいらっしゃいます。
FFG(ふくおかフィナンシャルグループ)について
2007年にふくおかフィナンシャルグループとしてホールディンググループ化。現在、福岡銀行、熊本銀行、親和銀行が同じシステムを使っている。合い言葉は「マルチブランド、シングルプラットフォーム」。地場で培ってきた銀行ブランド名はすべて残しながら、仕事のやりかたやシステムは1つのプラットフォームで統一。
金融会社の持ち株会社は、ほとんど機能がない場合が多いが、FFGの場合は各子銀行の企画機能をHDに集め、子銀行はそれをきちんと運営していくという関係になっている。
広島銀行との、対等な関係のシステム共同化 (IT投資の最適化の一例)
広島銀行と福岡銀行は、地方銀行で初めてシステム共同化を実現した。目的は、お客様のニーズに応えられる競争力のあるシステムの構築、システム関連投資の大幅削減。
共同化ではよくあるのが、先進的な銀行が作ったシステムを他銀行が使うというもの。広島銀行と福岡銀行の共同化は、明確なルールのもとに対等な関係の共同化を行った。そのルールとは、両行のシステムをひとつひとつ比較して新しい方をとる、というルール。両行にない新規システムはプロジェクトでいっしょに作った。
<共同化の効果>
・HW:それぞれのホストから1台のHWにして中で論理分割。大幅なコスト削減。
・開発・運用をアウトソーシング:アウトソーシング先のメーカーの社内調達価格でHWを更新。
・各行で設置しなければならないHWに関しても、共同でRFPを出すことで大幅値引き交渉を可能に。
・SW:1行で10の体力で開発していたものは、共通部分が7あれば個別は3ずつとなり、全体で13。
2行で割ると1行あたり6.5となり、3.5の削減。このロジックのもと、共同化比率7割を目標に運営。
相当広範囲な共同化。
・設備:両行のコンピュータセンターの有効活用(新しい方を使用。古い方はバックアップセンターに)
地方銀行のシステムとは(銀行はIT装置産業)
<銀行のシステムは大きく2つ>
・勘定系システム
– お客様に対して提供するサービスの、オンライン・リアルタイムシステム
– 給与振り込みや口座振替などのバッチ処理システム
・情報系システム
– 行内向けの意思決定支援システムや業務系システム
– 一般的な企業の情報システムが担っている部分
製造業出身の自分からみて、勘定系は「工場」。銀行システムは社会インフラの一部なので、絶対安定稼働が求められる。1つの部署が両方のシステムを管理している場合、どうしても勘定系の安定稼働に軸足がおかれる。
<金融機関のシステムの一般的な特徴(一部抜粋)>
・システムへの依存度が高い
・安定稼働の要求が高い
・保守的な文化
・行政の関与が大きい(法制度対応が多い)
・固定化された業務システム(お金を扱うので、厳格性が求められる。100%を最初から目指す。)
・業務手順がほぼ確立されている
↓
結果、業務改革や生産性向上へのIT適用が後まわしになりがち。
<過去のシステム開発体制の反省>
・経営からは「ITはようわからんけど、うまくやれ」と言われる。
・所管部門(業務部門)が持ち込むシステム化の要件はあいまいで要求は厳しい。
システムが完成する頃には異動になって、責任をとる人がいなくなる。
・IT部門は、ホスト主導主義で、過度な障害対策。
苦手なオープン系はベンダーに丸投げした結果、システムやデータが散在。
↓
結果、過度なIT投資となっていた。
<地銀のシステムの概要と環境>
・お客様からは、インターネット、スマホなど、利便性の高いサービスを求められる。
・お客様の流動性が上がっているので、顧客満足度を上げていかないといけない。
地方にテリトリーをもって棲み分けていた営業基盤が、モバイル端末などの登場でネット上では戦場に。
・社会基盤としての安定性は従来どおり必要。災害対策の見直し、サイバー攻撃への対応も必要
・経営からは、ITコストの削減と最適化、本部機能のスリム化、効率化が求められる。
・経営に資する情報の迅速な提供も必要。
そもそも、IT投資の最適化とは?
<銀行のIT投資は何のため?>
・勘定系システム:安定稼働が必須。加えて、新しい商品・サービスの提供。
・情報系・業務系:利活用されて効率化になるシステムの迅速な提供が必要。
ITなくしては銀行はなにもできない。大小あわせると、予算をはるかに超えるIT要望が出てくる。
投資目的別にみると、つぎの4種類がある。
a.業務効率化 →省力化や経費削減など、効果が定量化しやすい領域。
b.戦略の実現 →商品力、営業努力なども複合されて、ITのみの効果が定量化しづらい領域。
c.IT基盤の維持 →安定稼働・信用維持のための、老朽化したシステムの更新やセキュリティ対策。
d.制度対応 →銀行は非常に多い。決められた期限までの対応が必須。
これは一般的な分類(JUAS)に置き換えると、つぎのようになる。
a=効率型投資
b=戦略型投資
cd=インフラ型投資
<何が最適なのか? 誰にとって最適なのか?>
ステークホルダーは株主、ITベンダー、経営者、従業員、お客様とたくさんいるが、「何が最適」は「地方銀行を経営する上で最適なIT投資」であるべきと考えた。ITは経営の道具。つまり「誰にとって」は「経営者にとって」。投資判断をするのは経営者だから。
↓
システム案件は
・経営者が効果を納得できるIT投資案件であるべき。
・妥当と判断できる投資額であるべき。
これを実現するために、いろんなしかけやプロセスづくりに取り組んだ。
FFGでのIT最適化のしかけ、プロセス
<経営企画部IT戦略特命チーム>
期待されたのは、
・経費大幅削減と増加しないしくみづくり。
・投資経費の最適化と継続プロセスの確立。
まず最初に、現状とあるべき姿を検討した。
現状の調査:
・ITコストの実態
・システム設備の現状
・SLA契約の内容
・利用者の評価
あるべき姿は:
・最適な規模とコスト、SLAが確立されていること。
・ITガバナンス態勢を確立していること。
・環境変化に柔軟に対応できること。
次に間のギャップを埋める段階的なシナリオを考えた。
・何年であるべき姿に到達するか。4年前に、次期中計期間中とした。
・短期的な目標と中長期的な目標に分けて、どう取り組むか計画。
・結果の推移。全体でこれくらいを削減したい、という道筋をたてた。
<最適なIT投資を判断するために取り組んだこと>
経営者と所管部門とIT部門の3者がきちんと議論して納得することが重要。
IT投資プロセスを3つに分け
1. 要望フェーズ
2. 利用フェーズ(できあがった仕掛けを使っているフェーズ)
3. 検証フェーズ(どれだけ使われているか)
↓
それぞれのフェーズで以下のアプローチを行う
①現状の把握・棚卸し
②経営が「最適」との判断を得るための協議プロセス
③協議や判断を支援する情報の収集と分析
①現状の把握・棚卸し
IT経費の源泉を見える化して対策を明らかにした。
1. 要望フェーズ:
機械賃借料や無形固定資産の償却などで、経費削減対象となる。
対策としては、投資の抑制や資産計上の適正化。
2. 利用フェーズ:
業務委託費や通信回線料や保守料が削減対象。
対策としては契約の見直し。特に通信回線料については、新サービスや新技術で下げられた。
3. 検証フェーズ:
要望フェーズと同じ投資対効果のモニタリングに基づき、廃止をして無形固定資産税を減らしていく。
②経営が「最適」との判断を得るための協議プロセス (投資ガバナンスの体制づくり)
「ITはわからない」という風土を打破しなければいけない。
1. 要望フェーズ:
業務プロセスの見える化を含む要件の提示を強化する。
お互いにどこに効果があるかを理解するために「共通言語」として業務プロセスを見える化。
初期投資1000万円以上の案件については、効果に加えて、詳細な業務プロセス、
お客様や営業店など利用者への影響、利用促進施策の記載を必須とした。
2. 利用フェーズ:
すべてのしかけについて、IT部門と所管部門がいっしょに保守料を実証。
3. 検証フェーズ:
事後検証を定着化。
↓
経営を巻き込んだ協議の場づくり
・IT特別委員会:毎月、経営と開催
– 半期に1回、翌期のIT投資について特別委員会に事務局から報告する
– 副頭取をCIOとして任命してもらった
– 1000万円以上の案件について半期毎に、翌期の投資と稼働後のしかけの効果を報告する
(ツール:案件表)
目的、背景、概要、効果、スケジュール、リスク評価ミーティングを行ったか、
共同化の検討を行ったか、経営会議に付議したか、費用、交渉の経緯などをまとめる書類
・IT投資協議会:投資案件の発生都度開催。CIO、経営企画、所管部門、IT部門が協議
– 経営から「IT投資基本方針に則って、投資計画を策定するように」と委託されている機能
– CIOが必ず1件1件の案件の協議に入る。
– 所管部の部長が説明を行い、投資すべきかどうかの判断をする。
– この場は「予算枠確保の場」ではなく、「3人寄らば文殊の知恵の場」。
よいシステム構築のためにいっしょにアイデアを出し合う場。
(ツール:「IT投資管理規定」「管理細則」「IT投資採用基準」)
どの案件を採択するか?
投資対効果はどうみればいいのか?
実現性やリスクはどう判断すればいいのか?
利用する技術は何を選ぶべきか?
– 案件毎の投資対効果評価もここで行う。
1000万円以上の案件は、稼働後半年ごとに5年間継続して所管部が投資対効果を検証報告する。
評価基準は、投資協議会での協議時に設定した目標。
目標を変更する場合は、投資協議会で再審議しなくてはいけない。
2回連続で目標が大幅未達の場合は、今後の対応(改善するか、廃止するか)を協議。
2回連続で目標達成した場合は、評価期間を年次に緩和。
評価期間内でもIT投資委員会で合意した目標を達成し、かつ総投資額が回収できた場合は検証を完了する。
・ガイドブック:「IT投資に関わる基本的考え方」
– システム要件をあげてくる所管部門へのガイドブック
「IT投資とはどういうものか」
「IT投資に関わる経営・所管部門・IT部門の役割分担」
「効果の設定方法」
例えば、よく「効果」として「顧客満足度の向上」「事務ミスの防止」としか
書いてないのがあるが「それは受け付けられません」と説明。目標設定をガイド。
投資協議会を始めて、所管部から「あったらいいな」的なものは要望してこなくなってきた。
本当にやりたい案件を本気で協議する態勢ができた。
③協議や判断を支援する情報の収集と分析
IT投資を判断するには、基準となるルールや指標が必要。徐々に経営層に理解を得ている。
・投資額の妥当性?
– JUASの資料から:一般には売上の1~3%、金融だと3~5%がひとつの基準とする。
– 他行との比較:他の地銀との情報交換から、資産1兆円あたりのIT経費(IT経費÷総資産)などを提示。
・投資の優先順位?
– 全体を俯瞰して、全体の予算枠内で投資対効果の高いものを優先する。
・IT投資の内訳?
– 投資目的別に方向感を合意しているのが現状だが、予算枠でのコントロールが今後の課題
JUAS全業種の平均:インフラ型4割、業務効率型4割、戦略型2割
FFGの現状:制度更改対応(インフラ型)67%、効率化・リスク対応投資が11%、戦略投資が22%
・個々のIT投資の妥当性?
– システム単位のトランザクションごとのコスト算出などを行った。
– ホスト系は過去の経験から判断できるが、新技術についてはまだ知見がないものもある。取り組み中。
まとめ:最適なIT投資を実現するためには
・まずは現状を見える化
・経営戦略に基づくIT投資がコントロールできるプロセスを制定、ルール化。
・経営と所管部門とIT部門が、役割と責任を共有した上で、経営が参画してIT投資を協議・決定。
これでちゃんとまわるようになったが、現状に満足してはいない。
プロセス・制度を継続適に見直し、改善して成熟度を高めていく。
上記IT投資プロセスをIT投資マネジメントシステムとして確立させて、PDCAを継続的に回していく。
(以上、講演)
この講演を受けて会場から、経営・所管部門・IT部門がうまく協議するには、所管部門もある程度ITを知らないといけないし、IT部門も業務を知らないとできないのではないか。FFGでの人材育成はどうしているか、という質問が出ました。
これに対して河崎さんからは、経験の場を増やすしかないということで、FFGでは、多くの他流試合を制度としてつくろうとしているという回答でした。所管部門とIT部門の人事交流を検討中で、すでに所管部門から1名がIT部門に来ているそうです。また、ホストに偏りがちなIT部門のスキルの幅を広げるために、地元のWeb系・オープン系のシステム開発会社に、IT部員を一定期間出向させているそうです。
開場からは「そこまでやるのか!」という驚きの声があがりました。
最後に、当会の木内会長から、総評がありました。
河崎さんは、システムをとりまとめる責任部門として王道のことを地道にやっている、ということです。
・持ち株会社側にガバナンスを持っている。子会社の大きな1社がもつのでは、うまくいかない。
・経営がコミットしている。
・業務プロセス、投資コストの可視化。
・経営・所管部門・IT部門のコミュニケーションのしくみをつくる。
これをやるのは大変なこと。なぜそれができているか?
それは、経営の考え方もあるが、河崎さんが製造業出身だということも大きいと思う。
勘定系システムを「工場」と見ることによって、システム全体のデザインが全く変わってくる。
異業種の目をもつことは非常に重要。
なかなか具体的に聞く機会のない地銀の事例をたっぷり聞いた例会でした。
以上