交わされた請負契約
プロジェクトのコストは、主に人件費だ。開発・テストフェーズは約5カ月を見込んでいる。開発チームは、延べ60人月を見込んでいた。1人月は、エンジニア1人が1日8時間、20日間の作業でこなせる仕事の量で見積もられた。1人月の金額は、約80万円。トータルで4,800万円である。そのほか、プロジェクトマネージャーや、要件定義や設計段階に関わる専門スタッフなども加味され、約7,000万円が人件費で占められていた。そのほか、開発環境に関する費用、諸経費や税金などが加わり、トータルコストは9,200万円だった。
運用開始後のクラウドサービスの費用は1ユーザーあたり1カ月あたり3,000円。販売部を中心に200ユーザーが利用する見積もりで、月額費用は60万円かかる。運用費には、このほかに、サービス費用などが加算された。
山本は、この契約内容を、呉服の桐生の総務部に送るように部下に伝えた。
12月14日(金曜日)。呉服の桐生の総務部長 水沢は、総務部情報システム課と業務部門との間で調整役を担う、業務部業務課課長代理の三上昴(すばる)を呼んだ。
三上は、群馬桐生市の生まれで今年37歳。東京にある私立大学の経済学部を卒業した後、地元に戻り呉服の桐生に就職した。IT分野に興味があり、Web技術などを独学で学んだ。地元同級生とともに、地域コミュニティや個人企業の活動支援などを行うNPO活動にも、暇を見つけては顔を出している。
水沢部長は、三上に、年明け2019年1月中旬に、日比谷ソフトウェアとの契約書の取り交わしを行う予定だと伝えた。そして、「今後のプロジェクトスケジュールに合わせた社内業務部門へのヒアリングやシステムの受け入れテストに関する日程調整と協力依頼を取りまとめてほしい」と頼んだ。
気づけば2018年も、年の瀬が押し迫ってきた。
12月20日(木曜日)、日比谷ソフトウェアでは、ソフトウェア開発事業部長兼専務取締役の山本孝夫の元に、呉服の桐生と取り交す契約書とスケジュールに関する書類が届いていた。
契約書は、呉服の桐生がすでに用意していた文書フォーマットに沿って作成されていた。日比谷ソフトウェアの請負契約により、業務を行う趣旨の内容を記した業務委託契約書だった。名目は、「CRMパッケージソフトウェア『SF1』カスタマイズ作業 一式」と記されている。契約履行後の対価支払いは、プロジェクト完了後3カ月以内を期限に行われる旨が記されていた。
なお、請負の内容には、「システムの詳細仕様を決定する作業」が、含められていた。
契約書の文案を確認した山本は、部下に「契約書はこれで進めるようシステム開発3課の宮沢くんに伝えてくれ」と言った。
2018年12月20日、呉服の桐生の総務部長 水沢は、業務部と連携して作業を進めていた。業務管理課 課長代理の三上から、社内各業務部門間の日程調整に関する進捗状況の報告を受けていた。
「ありがとう。了解した。それと、年明けに契約書が交わされた後で改めて、今回のプロジェクトの推進体制を先方(日比谷ソフトウェア)と決めるんだが、そこで、こちらのプロジェクトマネージャーとして情報システム課 佐々木課長に、現場を仕切ってもらうつもりだ。三上君は、業務部門の取りまとめ役として、佐々木課長と連携して、要件定義や受け入れテストなどの準備を進めてもらえるかな」と依頼をした。
「わかりました」と三上は答えた。が、少し厄介だな、と思った。情報システム課の佐々木課長が癖のある人だと日頃感じていたからである。
さて、プロジェクトの推進体制などを決定するキックオフミーティングは、2019年3月下旬に呉服の桐生本社会議室で行う段取りで調整が進められていた。
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