第6話:日比谷ソフトウェアの女性プロマネ

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第2章 プロジェクトの立ち上げ

 

 

日比谷ソフトウェアの女性プロマネ

2019年3月29日(金曜日)午後1時、日比谷ソフトウェアの会議室。
昼休みを終えてデスクに戻ったのは、日比谷ソフトウェアのシニア・プロジェクトマネージャー 加藤洋平である。壁にかかったカレンダーの日付を眺める加藤は1976年生まれの43歳である。
週明けの月曜日、呉服の桐生を訪問して来週開催されるキックオフミーティングの内容について、呉服の桐生における本プロジェクトの責任者、すなわちプロジェクトマネージャーである総務部情報システム課課長の佐々木と、すり合わせをする予定である。加藤は今年1月中旬に行われた呉服の桐生と日比谷ソフトウェアの契約締結のための会合で、挨拶を交わしていた。
と言っても、加藤は10年ほど前に、呉服の桐生の案件に関わった時に、佐々木と一度会っている。ただ、その時、呉服の桐生の総務部の部長は谷村で、情報システム課の課長は、当時、佐々木の上司だった荒木芳久という男だった。荒木課長とは話をしたが、その時、佐々木とは直接、何か言葉を交わした記憶はなかった。
来週の月曜日はまた、今回のプロジェクトマネージャーである前田理沙を、佐々木に紹介する日でもある。前田は、この案件の正式受注が決まった2019年12月以降、プロジェクトマネージャーに任命され、これまで、スケジュールの策定や開発チームの手配を含む、キックオフミーティングに向けての準備を進めてきた。その内容を上司の加藤に確認するため、二人は日比谷ソフトウェアの会議室にいた。
前田は1987年生まれの32歳。理工系大学を卒業して日比谷ソフトウェアに入社し、今年10年目を迎える。入社してしばらくはプログラマーとしていくつかのプロジェクトに関わったが、持ち前の生真面目さと負けず嫌いの性格で、すぐに同期の中から頭角を現してきた。その後システムエンジニアとして、ユーザー要求のとりまとめや、システム設計書の作成を任された。2年前からはサブシステムプロジェクトリーダーとして活躍してきた。今回のプロジェクトでは肩書が、マネージャーである。「全体を任せる」と、加藤から申し渡されていた。そんなこともあり、前田はこのプロジェクトに強い思いを寄せて意気込んでいた。
加藤の上役にあたる、リテール・コンサルティング部の部長、上川徹也からは今回のプロジェクト体制について、次のように言われていた。
「前田さんは、サブシステムとはいうものの、これまでにリーダーの経験もあることだし、今度の桐生のプロジェクトではプロマネをやってもらうことにしましょう。日比谷ソフトウェアの女性SEのロールモデルになってもらうつもりだから、加藤君、よろしく頼みますよ」
加藤は30歳のときに日比谷ソフトウェアに入社した転職組である。前職もシステム会社だが、徹夜や土日出勤は当たり前、サービス残業を強いられることもあった。大学3年の頃から就職活動をしていたが、当時は就職氷河期で、前職のシステム会社からやっと内定を取り付けたのであった。
そんな「ブラック」なシステム会社での無理がたたって、やがてメンタルに不調をきたした。これ以上は無理、という想いから技術者向けの転職サイトで日比谷ソフトウェアを見つけて入社することになった。技術志向が強く、本心ではインフラ構築のような仕事を望んでいたが、ソフトウェアの開発部門に配属された。年齢的にも管理職に就く年頃であり、シニア・プロジェクトマネージャーとして12人の部下を率いるシステム開発3課の課長職である。
なお、このプロジェクトには日比谷ソフトウェアからもうひとり、桜田譲もアサインされている。桜田譲は入社3年目の25歳。実直な性格なのだが、仕事の飲み込みが悪くミスも多いため、先輩社員からしょっちゅう叱られている。
そんな仕事ぶりの桜田譲だが、加藤は前の会社で苦労した反面教師からか、それほど厳しくは当たらない。桜田譲には女性の上司の方が良いだろう、ということから今回のプロジェクトでは、前田の下にプロジェクト・リーダーとして入れて、プロジェクトマネジメントの体系を、実務を通じて学ばせることにした。
前田は資料のコピーを加藤に手渡した。
「加藤さん、キックオフの資料できました。この内容でどうでしょうか?」と前田がたずねると、加藤は資料をめくりながら、必要な内容が網羅されているかどうか確認していた。
「いいんじゃないかな。特に間違いや漏れはないし」
「じゃあこの内容でコピーを用意しておきます」
「前もって伝えておくけど、実は、今回のプロジェクトで、呉服の桐生側に不協和音があるみたいだよ」。
「どういうことですか?」と、怪訝そうに前田は加藤に尋ねた。
「詳しくは知らないけど、総務部情報システム課の佐々木課長さんと、部下の関係があまりうまくいっていないみたいだね」と加藤。
「佐々木さんは、来週月曜日、私が初めてご挨拶するご担当者の方、ですよね」。
「うん、そう。ただ、佐々木さんは職場での指導が厳しいせいか、どうも部下の連中は煙たがっているみたいだった。プロジェクトが始まる前からこんな状況を伝えるのは申し訳ないけど、困ったらいつでも相談して」と、前田に伝えた。
「大丈夫です!」と、前田は左手を前に出してピースサインを見せた。
「はは、じゃあ、明日の佐々木さんへの説明は予定通り前田さんに任せるよ。何かあれば助け舟出すから、やってみて」と加藤は言った。
前田は覚悟ができており、緊張した面持ちで「頑張ります!」と答えた。

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