第87回例会報告
デジタルトランスフォーメーション(DX)について
~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~
我が国において真のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現していくためには、単に最新のデジタル技術の導入を行うだけでなく、経営戦略全体のコミットのもとで既存業務・既存ITシステムをともに変革させ、経営全体をデジタル化し、あらゆる企業が「デジタル企業」化していくことが求められます。
そこで経済産業省では、有識者による研究会を開催し、DXに向けた課題と対策について「DXレポート」としてまとめられており、本講演では、当該レポートについて解説を行っていただきました。
◆ 概要
DXとは裏を返せば、レガシーシステムを保有する企業が抱える問題である。レガシーシステムの刷新は巨大なコストがかかるが効果が見えにくい。レガシーシステムは保守することも大きなコストであり負債化している。
そもそも、情報システムの老朽化、その刷新は民間企業が自らやるべきことではある。だが、この問題、実に奥が深く簡単にその障害を取り除けない。その障害を取り除くため、環境を整備するため、マクロな視点を示すため、政府の視座で有識者とともに研究を行った。そのレポートについて解説を行う。
◆ 経営戦略における現状の課題
今の時代、新たな技術を活用して経営戦略を立てることは不可欠だ。多くの企業がそれを模索している。しかし、ビジネスの改革に繋がらないという事例も多いようだ。
経営戦略においてはビジョンが必要だ、という言葉はよく聞かれる。ビジョンのない経営戦略が問題であるとも。しかし、そうは思わない。日本の民間企業、ビジョンも戦略もあると思っている。しかし、それを実現できない足かせがあり、そのせいで実現ができていないようだ。その足かせの一つ、それがレガシーシステムである。
◆ レガシーシステムの問題とその原因
レガシーシステムには大きく4点の問題がある。まず1つは、巨大なお金がかかる、ということだ。数百億を超えるものも珍しくない。次に、時間がかかるということがある。レガシーシステム刷新に10年とかかかると時代が変わってしまう。3点目としては、失敗のリスクだ。失敗のリスクがあるので、既存の機能を維持という方針になりがちだ。第4には、業務の改革を伴うという点。バックエンド領域はパッケージソフトに合わせる、というような改革をおこなうことが難しいということだ。
これらの問題の原因も多岐に渡る。それは、業務システムの肥大化・複雑化であったり技術的な老朽化であったり、ブラックボックス化であったりであろう。
◆ 足かせとなるレガシーシステム
レガシーシステムは、なぜここまで放置されたのであろうか?それは企業やIT部門が怠慢だったからか?そうではない。その逆であろう。日本のIT投資は世界に先駆けて行われた。大企業であれば70年代から計算機を活用している。しかもそれは堅牢だ。つまり、先進的に頑張ってきたのだ。そして、IT部門も立派に現行システムを保守しシステム障害を食い止めている。
この先進性が現在足かせになる、というパラドックスに陥ってしまった。決して怠けていたわけではないだろう。
もちろん、アメリカ・ヨーロッパでもレガシーシステム問題は存在するようだ。ただし、日本ほど顕著な問題とはなっていないようである。であれば、日本においてはこの問題に対し、いい意味で自覚があるとも言えるだろう。
そして、新興国はこのようなレガシー問題は存在しない。中国のような大規模企業群に対抗するために国内企業も合併をして規模を大きくしなければならなかった。しかし、その企業たちがそれぞれ古いシステムを保有している。合併して規模を大きくしてもレガシーシステムは大きな足かせだ。
JUASの統計によると、老朽化した情報システムを保有する日本企業は70%にも及ぶ。その中でも、社会インフラと金融においてシステムの老朽化が顕著である。
しかし、この社会インフラと金融、これがDXすると日本全体に大きな効果があるとも考えられる。
ビジネスの環境変化は激しい。今それをやらないと他社に負ける、という状況は多々ある。結果レガシーシステム刷新は後回しになり50年使続けた、という事例もあるほどだ
◆ 問題の本質
システム老朽化に伴うレガシー問題、その本質を検討した。まずはシステム・業務のブラックボックス化ということができるだろう。それは、日本のIT産業構造と関係している。日本においてITエンジニアの70%はITベンダーに属している。ユーザ企業側には30%だ。ユーザ企業側に技術者が少ないのでベンダーに依存、やがて丸投げという状況に陥っている。アメリカにおいてその比率は逆となる。ただし日米の雇用形態の違いは考慮しなければならない。米においてユーザ企業内にITエンジニアが多く存在するわけだが、雇用は流動的なのが特徴だ。対して日本では、プロジェクトが終わったからといって簡単に人員を削減できない。
比較的日本と近い雇用形態の欧州ではどうか?ITエンジニアの所在比率としては50%:50%という状況である。であれば一概に雇用形態だけの問題とも言えないのかもしれない。
どちらにしてもこの日本の産業構造がベンダー丸投げの体質を生み、自社の人員が自分たちの情報システムの事がわからない、という状況になってしまった。
このような状況のなか、ベンダー側もシステムの全てを把握しきれているとは言えない。部門毎に導入されたシステムがあるからだ。そして、経年で肥大化・複雑化していき、ついにブラックボックスとなってしまった。
また、ITに対するマネージメントが不十分ということも言えるだろう。レガシーシステムのマイグレーションは、投資対効果が難しい。全社一丸で取り組まなくてはならない。だが、経営層もITには疎く、このような問題を内包していることに気づかなかったりする。
AIの時代となりレガシーシステムを保有していることのデメリットが更に顕在化してきた。AIの本質はデータだ。高品質のデータを保有する企業が有利となる。情報システムはその根幹なのだが、それがレガシーでは困る。
◆ レガシー保守の問題
日本のIT部門は真面目である、ということができる。システム障害を起こさぬよう日夜努力している。だが、だからこそ経営は気がつかないのかもしれない。
この時代、AIは企業の競争力の源泉となる。しかし、経営企画部門等において、このレガシー問題が俎上に上がることが少ないようだ。
とはいっても事例を聞いたことはある。その企業では、経営企画部門が中心になってレガシー問題に取り組み、マイグレーションを行った。なぜその企業でそのような行動に出ることができたのかを聞いてみたところ、大規模なシステム障害が起因であったそうだ。
ある統計によるとIT投資の80~90%は保守であるそうだ。この比率は老朽化すればするほど大きくなる。このように状態になると技術的負債といえるだろう。この「技術的負債」という言葉、経営者には伝わりやすい。それは日本の不良債権問題と通底するからだろう。
◆ レガシー刷新の効果
レガシーシステムを刷新するには、膨大な費用がかかる。では効果のほうはどうか?これは原則提示できないというものだ。そもそもイノベーションというものは、結果の見えないものである。
だが、定量はできないが定性的なメリットは大いにある。
まず、人材の育成になるということ。これはもちろんIT部門人材だけに限らない。ビジネス部門も業務フローを整備したりするので、人材育成効果が期待できる。また、このような巨大プロジェクトにおいては、全社一丸となる必要がある。全社一丸にならないと実現しない。この経験が生きる。刷新されたシステムそのもの以上の効果がある。これが大きい。
システムが刷新されると人員の異動が起こる。日本企業は、不要になった人員を簡単にリストラできない。だから配置転換を行う。ITの保守に多くの人員を割いていたなら、この浮いた人員を大いに活用できるだろう。場合によって現場部門に配置転換となれば、情報システムに精通した現場のIoTエンジニアとなるかもしれない。
このように実はメリットは大きいのだ。このメリットを享受するためにも、全社一丸となるためにはトップダウンのフォースが必要であるし、システムの刷新についても現行踏襲であってはならない。
◆ 日本のIT産業の今後
日本のITは、アメリカに大きく遅れをとっている。これは様々な原因はあるだろうが、このレガシー問題もその一因だろう。レガシー保守の仕事に人材は集まらない。
人材が集まらないから今いる人材の労働時間は長くなり、いわゆるブラック化する。
だがしかし、このレガシー問題が解決すれば日本のIT産業は好転するのではないかと思っている。なぜなら、そもそも日本ではカスタマーの要求は厳しく、それに耐える堅牢な情報システムを過去に構築してきたからだ。
◆ 2025年の壁
このレガシー問題をなんとか解決しなくてはならない。2025年がデッドラインと考えた。デッドラインがないとズルズルと延びてしまう。近すぎても失敗する。2025年を目標としたい。
2025年をデッドラインとする根拠は以下だ。まず、当然ながら人材圧がある。前述のようレガシー保守には人材が集まらずブラック化してやめていく。また、技術サポートの限界もあるだろう。特にパッケージソフトを大きくカスタマイズしている場合、マイグレーションには時間がかかる。
2025年頃には、5G通信が実用化となるだろう。となると、トラフィック量が増え、それを処理する計算能力も要求される。5G時代にレガシーでは厳しいだろう。
他にも、アジャイル開発・AI・マイクロサービスなどが広く普及すると考えられる。そのときにレガシーを抱えていてはいけない。
2025年、ここが崖といえる。これを飛び越えなくてはならない。
◆ レガシー刷新後
日本においてレガシーシステムが刷新された後、どのような状態になるかということを議論した。
まず、日本のあらゆる企業が「デジタル企業」となるだろう。もちろん「保守」は無くならないが、保守の占める比率は減るだろう。また、サービスの追加・変更の速度が早くなる。(現在、Amazonでは数分感覚でビルドが行われている)
レガシーシステムが刷新されると、ユーザ企業にもエンジニアは増えると予想する。前述の欧州の状態のように50:50くらいになればいいと思う。このエンジニアの所在比率は重要だ。ユーザ企業で雇用が上がることは国全体にとってもいいことだ。ベンダー側はユーザ企業ではできない高付加価値なサービスを展開するようになるだろう。
◆ コネクテッド・インダストリ税制
最後に「コネクテッド・インダストリ税制」を紹介したい。これは2018年から始まったものだ。今回のレガシーシステム刷新にも使えるものだ。特に大企業でも利用できることが特徴である。