第58回例会報告
第58回のBSIA例会は、オムロン株式会社 京阪奈イノベーションセンタ オープンイノベーション担当の竹林一様による、「価値創造の仕組み ~人と人との繋がりが新しい価値を創造する~」と題して、技術の進化から価値創造の事例について、ご講演をいただいた。
竹林氏の考える価値創造
「これからある、と思える高度成長をとらえるより、自分たちの手でこれからの高度成長の条件を創りだして行く。これから成長するであろう市場、予測されるマーケットを自分たちで創造し開発する」
これは、オムロンの創業者である立石一真氏の言葉である。この言葉、テクノロジー分野に限ったことではない。仕事のやり方を変えることもイノベーション。総務も人事も全員イノベーションを起こせるということだ。進化には、技術の進化と価値の進化がある。通常、既存の技術と既存の価値で勝負をしている。そこで市場が伸びていれば構わない。しかし、この市場はいつか頭打ちになる。その場合、より安く作る工夫、生産性を上げる、残業・出張を抑える、という方向に行く。すると利益は出るがエンジニアの目が輝かなくなっていく。では、そこから技術を進化させたとしよう。すると利益が落ち込む、という現象が発生することもある。
大事なことは、技術の進化とともに顧客の新しい価値を進化させることである。この技術の進化と顧客への価値の進化が一緒になると、新たなイノベーションを起こすことができる。
顧客満足度
もの(ハード及びソフト)のQCDと、S(サービス)を掛け合わせた結果が、顧客満足度となる。かつて日本ではQCDでのみ勝負をしてきた。そして勝ってきた。しかし、現在低品質の商品は少なくなり、どれもそこそこの品質を持っている。その中でCのコストだけが直接的に顧客に訴えかける。しかし、コストを下げるだけではビジネスとして限界がある。
そこで、Sだ。このSには、「サービス」「仕組み」「ソリューション」「ストーリー」などを含意している。そして、これらのバランスが大事で、そのバランスをプロデュースする人間が重要になるだろう。
自動改札機の事例
1967年に北千住の駅から始まった。これはプロジェクトXでも取り上げられた。当初から切符のつまりが大きな問題であったが、技術者の努力で乗り越えてきた。その後、技術は進化した。現在も見られるICカードの自動改札機である。それは更に、1枚のICカードで全国の駅で利用できるまで進化した。この技術の進化は、顧客に対しては駅員の削減、不正乗車の激減という価値をもたらした。
しかし、ICカード化はオムロンのビジネスモデルに大きな影響をもたらした。紙の切符の時代、それを制御するメカトロニクス及び、そのメンテナンスが、オムロンの強みであり利益の源泉であった。しかし、ICカードになると自動改札機のメカトロニクスは不要になる。メンテナンスもほぼ不要だ。つまり、ここで新たな価値を創造しなければ、ビジネスとして縮退してしまうということである。
駅は街への入り口
6ヶ月、プロジェクトメンバーが集まり新たな価値創造を模索した。新しい顧客価値の創造には、その事業の幹がなければならない。そこでは、価値創造の方向性を変え、世界観を変えた。それが、駅というものを鉄道への入り口と考えるのではなく、街への入り口と考え方を変えることだった。これが事業の幹である。今までの駅の開発は、駅員へ価値を届けるものだった。改札は「街への入り口」であると考えると、新宿駅には毎朝300万人の顧客が存在すると想定できる。その顧客への価値の提供を考えた。そこから、自動改札機がメディアとなり、人とのコミュニケーションが始まった。2000年には、グーパスというサービスを立ち上げた。これは、自動改札機を通ると、その人の嗜好性に合わせて携帯にメールを配信するサービスであった。これにより、自動改札機の入出のデータをオムロンが利用することが可能になったことも大きい。また、子供が帰路、改札を通るとお母さんにメールするという安心グーパスというサービスも事業化している。子供の所在をGPSで確認する、というものとは一味違う利便性を持つサービスとなった。
更に夢は膨らむ。この事業は街の安全作り、ひいては街づくりまでを見据えた事業計画も可能になっていくだろう。
健康・医療事業の価値創造
鉄道の事例は、自動改札機というハードウェアを超え、駅を利用する顧客への価値創造、更には街づくりへと進化していった。歩数計や血圧計という健康機器も同様だ。これらのハードだけで人間が健康になるとは限らない。ハードの進化とニーズの進化を掛けあわせ、からだと社会をつなぐ価値創造を行った。
では、鉄道の自動改札機同様、健康機器の事業の幹はなんだ、と考えた。健康事業は難しい。それは、健康を維持するためのウェルネス事業と、病気治療のメディカル分野では大きく性質が異なるからだ。これを混同して考えると解は得られない。だから、この2つの領域を精緻化して考える必要があった。オムロンにはシェア50%を誇る血圧計がある。これを、ウェルネスとメディカルの両領域の中間に置く。そして病気にならないためのモデルがウェルネスで、病気に罹患後の回復に関与するものが、メディカルの分野と定義した。この精緻化を事業の考え方の幹とし、製品開発を行った。
また、新しい価値または市場の創造についても洞察を行った。それは、人間がどこにお金を使うかだ。当然、深刻な病気にかかるとお金は使われる。また、その治療薬にもお金はかけるだろう。しかし、健康の維持や病気にかからないためにはお金を使わない傾向がある。更に言うと、健康である人のハピネス、つまり娯楽やスポーツにはお金を使う。つまり、ちょうど中間の領域にお金を使わない。だから、ここに市場が存在するということである。
また、健康への指向は男女の性差もある。男性は健康よりも仕事を重視する。女性はビューティと家族を大事にする。そこで、10秒で図れる婦人体温計、それをスマフォアプリに連動するサービスを開発した。さらに、健康上のアラームをアプリが出した場合、受診推奨をする機能を実装した。そして病気であろうとなかろうと受診するとお見舞金がでる、というサービスである。これは保険会社とのアライアンス契約を結んで行われた。血圧計からも血圧のデータも分析をしている。それはオムロンのHPからも見ることができるが、都道府県別・月別の最高血圧の平均をアニメーション化したものだ。そこから、どの季節で血圧が上がるかがわかる。
幹の重要性
「駅は街の入り口」である、「ウェルネスとメディカル」、というような事業の幹、一種のテーゼが決まるとアイデアはたくさん出てくる。つまり、この幹を正しく見つけることが重要なのだ。ある化粧品会社は、女性の魅力を研究する、という幹をおいた。あるネジの会社は、締めるを科学するといった。この幹から多くのアイデアが生まれ、価値創造につながった。
人と人との繋がり
事業の本質を考え、幹を設定することに加え、人と人との繋がりが価値創造に貢献する。考え方のベースは、「答えは現場にある、がヒントは外にある」である。そして、いかに良質なネットワークを構築するかが極めて重要である。
そこにはコミュニケーションのデザインが必要となる。コミュニケーションのない組織にモチベーションはなく、モチベーションのない組織にイノベーションは生まれない。
今回は、オムロン株式会社の竹林さんから、価値創造の仕組みの話をご講演いただいた。それは、実証的且つ論理的な示唆に富む内容であった。
熊野憲辰(株式会社リフレイン・BSIA運営委員)