第15回例会報告
6月13日、第15回の例会が開催されました。
今回のテーマは「ジンギス・ハーンにマネジメントを学ぶ ~プロジェクト思考でイノベーションを!~」。
講師は、元・日揮で現在:株式会社富士テクノソリューションズの浜本 知一さんです。
浜本さんは、日揮でプラントのプロジェクト、R&Dのプロジェクト、商品開発のプロジェクト、意識改革のプロジェクト、日揮情報システムで情報システム開発のプロジェクトを経験してきたプロジェクトマネジメントの第一人者です。ODAの事業に一環でモンゴルのナショナル・プロジェクトの関係者にもプロジェクト・マネジメント(手法)を伝えて来られました。
その浜本さんが、「ユーラシア大陸随一のプロマネ」と呼ぶ、ジンギスハーンのマネジメントのコンセプトを考察しながら、「プロジェクト思考でイノベーションにチャレンジしよう!」と話されました。
あなたにとって“プロジェクト”とは? (プロジェクトに関する意識合わせ)
最初に、参加者への質問からはじまりました。講演のあとでこの質問の意図がわかります。
- あなたはプロジェクト型の人間ですか?
- あなたの仕事のしかたは? :走る前に考える/走ってから考える/走りながら考える
- あなたのマネジメントスタイルは? :信長型/秀吉型/家康型
- あなたの契約力(リテラシー)は?
ジンギス・ハーンのマネジメントコンセプト
「ジンギス・ハーンは凡庸な人だった」と浜本さんは言います。生涯の15回の戦いの中で、経験を整理・体系化(エンジニアリング)して卓越したマネジメント力を身につけていったのだとか。
また、ジンギス・ハーンは初めて「世界(地球)という概念」を意識した人でもありました。……それに引き換え、日本(人)はいまだに世界(地球)規模を自覚していない。
ジンギス・コンセプト
20年と言う短期間で、人種、言語、文化、宗教を超えた地球規模の広大な帝国を構築したジンギスハーンのプロジェクト・マネジメント力を浜本さんは、次の8つにまとめられています。
1. 目的の単純化(=プロジェクト・ゴールの明確化)
遠征の際にも、はやめに目的、目標地点や攻撃時期を伝え、準備をさせておく。
2. 主君に対する忠誠心(=プロジェクト・マネージャ制の採用)
部族など血縁の繋がりより主君の命令が第一とした。平時にも常に人心掌握術を使い、信頼関係をつないでおくことをした。
3. 命令必行・約束厳守(=プロジェクト憲章による指揮権の確立)
命令権者は主君ただ一人、一度決めたらめったに変えない。
4. 絶対王政的な組織(=プロジェクト・チーム制)…モンゴル帝国の運営・管理の基盤をなした
千戸制(10人の兵士を最小単位の隊とし、10箇の隊を集めて百戸制に、さらに10箇束ねて千戸制で一活動単位とする)従来の部族、氏族、宗教などしがらみには、頓着しないで管理しやすいグループを括り、指揮命令系統を統一して、戦争時だけでなく、ふだん(平時)の統治、租税の徴収、戦利品の分配をする基盤とした。プロジェクトマネジメントでいうOBS(organization breakdown structure)を作った。
5. 情報重視/文書主義(=コミュニケーション&レポーティングの徹底)
戦争は情報戦。情報伝達には、のろし、馬の伝令、伝書鳩、鏡などを巧みに用いた通信手法を採用。また、モンゴル語をペルシャ語に直して伝えたり、印鑑を押してオーソライズする、といった、近代的な情報・文書管理を実施していた。
6. 物資調達・輸送の兵站能力(=ロジスティックス/リソース・マネジメントの確立)
戦時は、戦闘機としての馬、動く食料庫としての羊・山羊、パワフルな輸送機としての駱駝を同行した。それを有機的に組み合わせて、必要な大量の要員や物資をユーラシア大陸の隅々まで輸送し供給した。
7. 現場主義(フィードフォワード・マネジメント/リスポンシビリティ・マトリックスの採用)
戦場の最前線状況を常に把握して指令を出すと共に、戦闘時には現場に権限を委譲して臨機応変の戦いをした。戦略、戦術、戦闘の各フェースにおける考え方が、プロジェクト思考(手法)により一貫していた。
8. 適材の適所登用(=チーム・ビルディング/プロジェクトチーム)
蒙古人のみならず、漢人、トルコ人、ペルシャ人など異民族の優秀な人材(専門家)を登用し、政府の中枢で活用した。
マネジメントのシステム化
ユーラシア征服の原動力であった”物資調達・輸送の兵站能力”について詳しく話すと、以下の通り。
- 1000戸(1000人の兵士)が1単位で作戦を実行する。
- 1000人の兵士というと、たいしたことがないように思うが、1人の兵士にそれぞれ家族がおり、後方部隊として技術者・職人・雑役夫がついている。一度の作戦で弓矢は一兵士当たり50本必要で、それを1000人分(5万本)製作・準備するだけでも大変な手まと労力が必要(材料集めだけでも大仕事)。
- 1人の兵士に6~10人。さらに馬10頭、らくだ5頭、食料としての羊200頭、カシミアや乳をとる山羊20頭。これが一作戦単位(1000個)だと、人間6000人、家畜12万頭。
- 5千戸編成だと、人間3万人、家畜100万頭。それを養うのに関東平野ほどの広さの草原が必要となる。
- その広さで、情報を行き渡らせながら、いっしょにヨーロッパの端まで大移動し戦闘を行う。
- マネジメントは、こういう物理的なところから考えないと、本当の管理統制、イノベーションは実現できない。
古今東西の征服者の多くは、みな一代限り。しかし、ジンギス・ハーンは自身のマネジメント手法をシステムまで高めて、後継者に伝承、維持したので、モンゴル帝国・大元国が16代・160年も続いた。
プロジェクト思考でイノベーションを!
今の日本は、グローバル化、少子高齢化、大震災、世界金融危機などの多くの問題・課題を抱えており、価値観が激変し、多様化してまさに国難の時と言える。しかし、日本のマネジメントは未だに
- たがをはめない、あうんの呼吸、暗黙の了解
- リスクについて考えない。話題にしない(口にするのは縁起でも無い)。
- 負の予定調和主義=風見鶏
- 本音と建前主義=余計な事はしない
- 横並び・前例主義・先送り主義
など曖昧で体系が明確でない。このままでは“ゆで蛙”状態になってしまう、いや既になっている。
改善でなく、イノベーションを
日本人は器用なので、これまでブリコラージュ(器用仕事)で、ちょっとだけ直しては改善をして繕ってきた。
改善・改革には4つある。
- Imitation :見習う・模倣
- Evolution :改善・改修
- Innovation:刷新・革新
- Revolution:変革・革命
これまで、日本は上の2つでやってきた。しかし、これからは下の2つが必要。イノベーションは、現状打破と新しい価値の創造であり「プロダクトのイノベーション」と「プロセスのイノベーション」の2つがある。日本(人)はプロダクトのイノベーションは得意だが、プロセスのイノベーションはできてない。
では、どうやってプロセスをイノベーションするか?
“イノベーション”に関する翻訳本を読んで「イノベーションするぞ!」と叫んでも、できない。イノベーションのベースには「キュレーション」が大事である。現在保有する物・考え方などを組み合わせ再編集して新しい価値を生む活動が必要。キュレーションができるようになるためには、常日頃異質を受け入れ、変革する準備の習慣が必要。「セレンディピティ」意識のアンテナをはって、好奇心を持って考え(潜在意識を喚起し)続けること。イノベーションには、意識改革とリスクにチャレンジすることが必要。
リスクとは何か?
- 外なるリスク9つ(ビジネスなどの現実世界おけるリスク)
(インシデント、デインジャー、ペリル、コンテンジェンシ、アクシデント、ディザスタ、リスク、クライシス) - 内なるリスク5つ(個人の心中での葛藤・悩み)
(金銭的、社会的、知的、身体的、感情的…常識という名の下で馬鹿の壁を作っている)
まずは、内なるリスクを突破しなければ、外なるリスクに対応できない。そのために、一人ひとりがプロジェクト思考でグローバル化へ意識を改革し、自己を啓発をすること。……意識をグローバルにセットする。今「グローバル化・・」などとわめいているのは日本だけある。他の国は、昔からグローバルが前提でものを考え、行動している。
和魂洋才でマネジメントのイノベーションを!
日本(人)には、プロジェク型のマネジメントは体質的に合わないと言われるし、プロジェクト・マネジメントが学問(科学)になっていない。大学の学科に採り入れられること少ない。一方、欧米では大学の学科にあり、たくさんPMの博士を排出しているが、日本にはいない。それでも、現代は草食系の男子、肉食系の女子、理屈の多い外人、成功体験を吹聴する高齢者、そしてITといった多様なリソースを相手に仕事をこなしていかなければならない状況にある。
そのためには、プロジェクト思考を採用して、解り易いゴール、具体的なターゲットを掲げて、各自の作業領域を明確して協業して行くための「プロジェクト型のマネジメントプロトコル」が不可欠であり、それなしにはグローバル規模のビジネス展開はできない。ビジネス・パートナーとして認めてもらえなくなる。日揮でもプロジェクト思考を定着させるのには、たいへんな時間と苦労をしてきた。体質にあわなくても、やらないといけない。グローバル時代の日本の若手リーダのためにも。
……そこで、和魂洋才のプロジェクトマネジメント。
和魂:日本的管理法(融通無碍)
- KKDH(経験、勘、度胸、はったり)…ナレッジ・マネジメント
- 段取り八分…プロジェクト・エンジニアリング思考
- 丁稚、弟子入り、守・破・離…形式知化、グローバル教育制度
- 報・連・相、根回し…コミュニケーション・レポーティングシステム
洋才:欧米的マネジメント(科学的)
PMBOKを「自分のものにする」こと。勉強するだけではだめ。社長(トップ)が率先してその思考(手法)を採り入れ、実践する(やらせる)こと。
- 5つのフェーズ
- 4つのプロセス
- 9つの管理対象領域(知識領域)
PMBOKなどのマネジメント体系を下敷きにして、和魂(日本的管理法)をそこに当てはめる。自分がやってきたことを整理してPMBOK(教科書)の上に載せてみて、「これはやっているけれど、これはやってない」「やってないのはなぜか?」という点検・チェックをするべき。新しい「ものの考え方」を取り入れるのだから、真似をしただけではだめ。それでは、消化不良を起こして下痢するのがおちである。
日本が品質管理でデミングの考え方を取り入れられたのは、ものづくりが得意で、ものづくりに対する考え方がきちんとあったからである。プロジェクト・マネジメントにおいても「自分がどういうマネジメントをするか」という考えをもつこと。それが和魂である。ジンギスハーンと同じく、苦労した点ににじみ出た人間観や、仕事をしていく協働感、わが社はどうしていくべきか、社員がどうしていくべきか、といった、価値観を共有しグローバル環境に適合べく共に進化していくことである。
そして、なんといっても「エンジニアリング」
「エンジニアリング」とは、経験したことを整理・体系化して、次に活かしていく習慣。ジンギスハーンも、戦いの中でマネジメントをエンジニアリングして、システムまで高めて、後継者に……プロジェクト思考で、エンジニアリングをすれば、グローバル時代のマネジメントプロトコルが修得できる。
変革への勇気を持って進もう!
最初の質問の答え
あなたはプロジェクト型の人間ですか?
プロジェクト=目的達成型の仕事。繰り返し性のない、初めての仕事。明確なゴールがある。有期的、協業型。
プロジェクト型人間=やったことないことをやりたい、チャレンジ精神に富んだ人。人を仕切ったり、仕事を仕切ったりが好きで、ちょっとお節介な人。起業家、営業、演出家、政治家、肉食系。上司をも共犯にしてしまう人。ファシリテーター、プロジェクトリーダー。
あなたの仕事のしかたは? 走る前に考える/走ってから考える/走りながら考える
走る前に考えるのが「アングロサクソン型」、走ってから考えるのが「ラテン型」。走りながら考えるのが「日本型」。とりあえず、というもの。日本型も最近いいと思う。
あなたのマネジメントスタイルは? 信長型/秀吉型/家康型
みんな通る。信長型は草創期、秀吉型は成長期、家康型は成熟期。また、リスクの種類や性格によって、マネジメントのスタイルは変わる。どれかに固定されるものではない。ジンギスハーンのハーンの成長過程がその見本である。
あなたの契約力は?
日本人は契約や交渉が苦手で、契約について無頓着、無防備。グローバル化の中では、口約束もりっぱな契約と心得なければ、だまされるし、逆に信用されない。契約リテラシーを個人でつくっていかないといけない。「信用していないのか」と感情的にならず、信頼関係を重んじつつ、契約をきちんと結ぶこと。
吉田太栄(システムイニシアティブ研究会事務局)