第13回例会報告
4月13日に第13 回システムイニシアティブ研究会(例会)が開催されました。
今回のテーマは「この閉塞する日本を改革できるのは、情報システムの力しかない」。
講師は、東京海上日動システムズ株式会社の横塚裕志社長です。横塚さんは、このほど書籍化された『SEよ大志を抱こう』をはじめとして日経コンピュータ誌でSEに向けたメッセージを発し続けていらっしゃいます。本例会でも、SE(ITサイドの人)がビジネスのイノベーションを牽引しよう!と語られました。
「がんばる」では通用しない時代
世界の中でのポジションが下がり続け、閉塞感がただよう日本。「日本はがんばってないのだろうか?」という問いかけから会は始まりました。
横塚さんは「日本はがんばっていないのではなくて、お客様の価値観が変わり、がんばっていい製品をつくれば売れる時代ではなくなったのだ」と言います。
戦略にリアリティをもたせる
そんな時代でも、お客様の価値観にあって売れているものの例や、世界最先端の情報化を 実現した韓国の例を示しながら、「お客様にとってどういう価値を、いかに描くか、という、リアリティのあるビジネスを実践することが重要。そのために情報化を道具としてうまく使おう。」と話されました。
日本でも「お客様第一」を標榜する企業は多い。しかし、かけ声ばかりで戦略にリアリティがない。「どういうお客様に、どういうサービスを、どのように提供すれば、お客様第一になるのか」ということをとことん考えて、実行しない限り、戦略は実現しない。 韓国は特別な技術を使ったのではなく、戦略にリアリティをもたせることをとことんやって、イノベーションした結果、日本より10年以上進んだ状態になった。横塚さんはそれを見て「悔しい!」と思ったそうです。
リアリティのあるビジネスを実践するための5つのキー
戦略にリアリティをもたせるためには、どうすればよいか。横塚さんはつぎの5つをポイントとして示されました。
①要求開発
お客様が潜在的に求めている価値を探り、ビジネスプロセスにおとす。これは、ビジネスサイドよりもITサイド(SE)がやるべき。欧米ではBA(ビジネスアナリスト)がその役割を担っている。そういう機能をSEがもつよう、日本でも方法論を学び、当たり前にしていかないといけない。
②イノベーションを実践する情報システムの力
要求開発をして新しいビジネスやサービスを設計しても、実現できなければ意味がない。新しいビジネスやサービスを設計するということは、社員やパートナーなどのビジネスプロセスを変えるということ。これを実現するのが情報システムによる支援。たとえば保険業の場合、数万件ある代理店のビジネスプロセスを変えるのは、教育研修では事実上無理。情報システムを使うことで、仕事のイノベーションが実現する。
③ビジネスを科学する
たとえば営業プロセスは、日本と欧米では全く違う。欧米ではお客様社内のパワーマップをつくって適切な人にアプローチし、ビジネス上の判断はルールベースで行い、ワークフローで進める。パイプライン・マネジメントをする。一方日本では、KKD(勘と経験と度胸)とがんばり。ビジネスプロセスがIT化されると、ログとして、社員や代理店、お客様がどこでどんなことをしているかが記録される。SEはそのビッグデータを活用して、営業・マーケティングといっしょになってビジネスを科学すべき。「営業っていうのはそういうものじゃない」と言われるかも知れないが、「KKDも大事だけど、こういう事実があります」という提案をして、ビジネスを変えていかないといけない。
④ビジネスとITのコラボレーション
「要件は誰かが決めて、SEは外部設計から」と錯覚している人がいるが、要件定義はSEがすべき。新しい技術やツールをいかに使って新しいビジネスをするかを考える「場」を、SE側からつくりだして、ビジネスサイドとコラボレーションしながらシステムをつくるしかない。20世紀は「今の課題をどう解決するか」という問題解決を考えればよい仕事ができたが、今はイノベーションをしないと、ビジネスで勝てない。しかし、飛行機に乗ったことのない人は、「飛行機が欲しい」とは言わない。
⑤開発方法の工夫
ビジネスそのものが、新しいものをものすごいスピードで作ることが求められており、まずはコアだけを作って、マーケットの反応をみながら追加したり改善したりしていく必要がある。それに対応できるシステムの開発方法の工夫が必要となる。イテレーショナルな開発(アジャイル開発)をやるしかない。アジャイル開発が適している仕事が増えてきている。「ウォーターフォールとアジャイルではどちらが損か得か」などと、やる前に議論するのは意味がない。まずはアジャイル開発をためしてみること。
また、クラウドやルールエンジンなどを活用して、「コーディングしないで作る」などスピードを速めるための工夫をすること。
「行こう!」と言い続ける
ファシリテータの田口さんから「横塚さんから『悔しい』という言葉を聞くとは、驚いた」というコメントが出るほど、「このままでは日本がグローバルで戦えない」という危機感が伝わる講演でした。
これに対して、会場から「SEがやることなの?」「やれる?」といった率直な質問が発せられました。
SEがどうやって?
- ビジネスサイドから本当に欲しいものを要求できるようにしないと、SEが孤軍奮闘で終わってしまうのではないか。
- 社内での情報システム部門の地位が高くなかったり、「不親切な人達」と思われている。そんなシステム部門のSEにコラボレーションの場作りができるだろうか?
- 今の情報システム部門には、新規開発などしたことないまま、運用だけ10年やってきたような部員も多い。そのような人達に、要求開発やシステムによるビジネスイノベーションができるだろうか?
- 要求開発から出てきた新しいことを「やってみよう」と会社が言ってくれるだろうか?
このような会場からの声に、横塚さんは「これらは深刻な問題」と理解を示しながら、それでも「やるしかないんだ」とご自身の例をあげて答えられました。
- ITを使ってビジネスを変えるという発想をもつように、ビジネスサイドを教育することは大事だが、コラボレーションの場をつくっていっしょに考える方がはやい。場を作れないのは、SEの責任。難しいが、1歩踏み込まないといけない。クラウドやパッケージの進展で、以前ほど作り込みに時間をとられず、ビジネスサイドと近づく土壌はできてきた。
- 要求開発から出てきたすごいストーリーに、すぐにお金を出してもらえないのは当たり前。実験システムを作って、成果を見せながら、説得していく。東京海上日動の「抜本改革プロジェクト」ではそうした説得に7年かかった。
- SEの育成にも時間はかかる。今日「行こう!」といってすぐに動くわけがない。「行こう!」と言い続ける。1グループだけでやってみる、といったことを続けて、20%ぐらいが「結構いいね」というと、全体が動く。成功体験をいかに意図的に組織の中に作るか。「ユーザーへの提案をすること」を人事評価項目に入れることや、親会社と「予算の半分を新規プロジェクトにあてる」と決める、といったことをやっているが、何より効果的なのは、自分の作ったシステムがどう使われているか、無理矢理にでも現場に見に行かせること。「言われたことをやっているだけでは使われないんだ」とショックをうけたり、同僚の提案が採用されていることを見ると、モチベーションが高くなる。
- クラウド+ルールエンジンなどで、手間やお金を大きくかけずともシステムが作れる時代がきたのは、すごいチャンス。ちょっとしたビジネスサイドの思いを拾い上げ、少人数でも新規システムをつくり、使い勝手をみて、リリース後に現場に見に行く、という一連の経験ができるようになった。「新規」の定義が昔と違う。案件はいっぱいあるので、そういう経験を促している。
最後に木内会長からのコメントがありました。「がんばる」って何だろうと考えていて、「体で仕事をする」ということだと気づいた。韓国は頭で仕事をしている。韓国は国策で情報化を進めたこともあるが、何より違うのはユーザーのコミットメント。ユーザーとは、ITを使ってビジネスをしている人。経営者もいれば現場もいる。SEがシステムイニシアティブの意識を強く持ち、ユーザーをまとめるファシリテータとなってベンダーに要求しないといけない。システム部門は非常にクリエイティブな仕事ができるはずなのに、今はわくわく感をもって仕事をしている人が少ない。そこを変えれば、横塚さんの『SEよ大志を抱こう』にあるように日本全体が変わっていくと思う。
吉田太栄(システムイニシアティブ研究会事務局)