「モノからコトへ」「モノへの回帰」が混沌とする世界~益々、重要になるデジタルとIT部門の果たす役割~

image0 (有吉)執筆者PROFILE
有吉 和幸
オフィス有吉 代表

「モノからコトへ」「モノへの回帰」が混沌とする世界
~益々、重要になるデジタルとIT部門の果たす役割~

デジタルがもたらした自動車産業100年に一度の大変革

世界初の量産自動車であるT型フォード(1908〜1927)から約100年。今、自動車業界で100年に一度の大変革が進行している。地球環境問題への対応のため、動力源をエンジンからモーターに置き換える電動化、車の電子化、AI・5G・ビッグデータなどの技術革新に伴う知能化による自動運転の開発などだ。特に自動運転は波及効果の大きさを含めてIoT(モノのインターネット)の象徴であり、メーカー各社は生き残りをかけて開発を競っている。
市場ではシェアリングエコノミーが少しずつではあるが広がりを見せ、若者のクルマ離れと相まって自動車は所有から利用の時代に移行すると言われている。自動運転車が登場すれば、サービス化が加速されるのは間違いないだろう。デジタル化の影響は、生産現場にも広がっている。生産工程の自動化やサプライチェーンの見える化など、いわゆるインダストリアル4.0である。
4年前の2016年、パリモーターショーで、独ダイムラーが「CASE」という中長期戦略を公表した。Connected(デジタルで接続性を高める)、Autonomous(自動運転の実現を目指す)、Shared & Services(共有・シェアリングなどの多様なニーズを満たす)、Electric(電気自動車)の頭文字をとったものであり、CASEは、他の自動車会社の中長期戦略とも一致している。

CASEの中でも「S」が重要になる

多くの自動車会社が重視するのは「CAE」だが、これらは自動車が中心にある考え方だ。各社にとっての問題は「S:多様なニーズ」にある。マーケティングの世界ではよく、『ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく穴である』といわれる。車に置き換えると『車を買いに来た人が欲しいのは車ではなく移動である』となる。これに関連して、移動をサービスとして提供するMaaS(Mobility as a Service)という概念がある。
移動サービスは、車ではカーレンタルやカーシェアなどだが、ほかの手段を組み合わせると移動サービスの価値は格段に向上する。公共交通機関や車を含めた様々な移動手段を統合管理することで、ニーズに合わせた最適で快適な移動サービスが提供可能となる。自動運転が実現し移動が最適化されれば、渋滞、環境、高齢化などの社会問題の解決へと夢は広がっていく。自動車メーカーのビジネスはクルマ(モノ)の販売から、移動サービス(コト)の提供へ変わり、ビジネスモデルが大きく変わるかもしれない。実際、トヨタは自動車会社からモビリティカンパニーになると宣言した。
自動運転車や新しい移動サービスには多額の開発投資が必要となり、一社では準備できない。そのため業界内では提携が進んでいる。また、自社だけの技術では変革を進められないため、AI(人工知能)やクラウドといった技術を持った異業種との提携も進んでいる。車の作り方、製品、使われる環境と、これまでビジネスに大きな変化が無かった自動車産業に、デジタルによる変化が全方位に同時多発的に起こっており、各々が相互に関連し変化が拡大・加速しているのだ。他産業からの参入もあり、今までの自動車産業の時計(スピード)では追いつかなくなっている。デジタル化の波は変化が乏しかった自動車業界に大変革をもたらした。

新型コロナの自動車業界に及ぼす影響

そうした状況下で新型コロナが広がった。自動車関連のニュースでは、新車販売台数の大幅な減少、中国製部品の欠品による生産停止、生産現場を支える「人」の自粛への対応などがあった。中でも象徴的なのは、米Tesla(テスラ)の時価総額の動きだ。短期間で急騰し7月1日には22兆円とトヨタの時価総額を超え、20日には30兆円になって日本の自動車メーカーの時価総額総計を超えた。
しかしテスラの年間生産台数は32万台、トヨタは905万台。規模の面では比較にならない。時価総額の逆転は、テスラなら今の課題を解決できるという期待の表れだろう。例えばウイズ(with)コロナでは衛生的で安全な環境の保証のために非対面、非接触、非集中が求められる。それはクルマの販売や生産も同じであり、テスラのオンライン販売、組み立てラインの自動化などの取組みがニーズの先取りと評価されたのだろう。まさにデジタル・ディスラプターである。
デジタル・ディスラプターの一つである米Uberはどうか?Uber Eatsは好調だが、本体の事業では人々のステイホームに直撃され、リストラを余儀なくされている。誰が乗車したか分からない車を使いたいか、どう使われるか分からない状況で貸したいかなど、衛生的な安全性を求められるウイズコロナが続くとすれば、今のビジネスモデルでは厳しいかも知れない。
そんな中で出てきたのが「モノへの回帰」だ。衛生的な安全性、移動の利便性、経済性を満たせる解決法はマイカー(スモールカー)だ。2019年の東京モーターショウで独ボッシュが「CASE」の派生の「PACE」という概念を提唱した。CASEのSをPersonalized(パーソナライズ)に置き換えた。これは個別の移動ニーズに応えるという考え方だと思うが、モノへの回帰を考えると個別の嗜好に応えるという意味で今を先取りした概念と言ってよい。問題は個別のニーズをどうつかむかであり、プラットフォームやビッグデータの活用の問題になってくる。

改めてデジタル化へのIT部門の取組みを考える

自動車業界の大変革のきっかけはデジタル化の進展であり、コロナからの新しい価値観を満たす対応策もデジタルである。「顧客志向で新しい価値の提供」と言うのは簡単だが、実現はそうではない。顧客は一人ではないし、「モノからコトへ」と「モノへの回帰」に見られるように顧客の価値観は色々な事に影響を受けてすぐ変わる。
実態が判然としない顧客に対応するのだから、一人一人をよく観なければならない。新しい価値を提供するには、より一層のマーケットインが必要であり、問題解決のスピードを上げるためにも、データを相互につなげて活用するためにも、デジタル活用基盤が必要だ。したがって自動車メーカー各社は、今進めているデジタル化の質をさらに上げ、加速させなければならない。
ITは段階的でなくても一気に変えることができる、問題は現状にこだわるかどうかである。「モノからコトへ」と「モノへの回帰」は中期的に見るとどちらも必要だ。選択の問題ではなく比率の問題である。IT部門はモノ、コトの両立を可能にする社内のプラットフォーマーとして、自らデザイン・実装した活用基盤をプロダクトアウトし、その利便性を維持していかなければならない。
これはIT部門にしかできないし、だからこそデジタル化の対応は内製化が不可欠になる。外部依存では変化への対応力、スピードや、そして知見を守れない。デジタル時代の中で、ウィズコロナというニューノーマルの時代においても、必要なことは自ら情報を取得し、判断し、そして実行するシステムイニシアティブである。

(2020年7月29日)

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