アフターコロナでDXエンジンを始動する
2020年の年明けから始まった新型コロナウィルスによる混乱は、緊急事態宣言の解除により、ようやく一旦の落ち着きを見せ始めている。しかし、第2波、第3波の可能性を捨てきれない中、人と人との接触禁止で生じたビジネス活動減速により、リーマン・ショックを超えると言われる大不況の足音が聞こえている。
ビジネスシステムの推進に携わる皆様の所属企業でも、アフターコロナを見据えたビジネス戦略を鋭意検討されているものと思う。ビフォアコロナにおいて、日本企業の大きな課題はDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みであった。アフターコロナであってもこの課題がなくなるはずはないが、緊急性の高い問題が山積する中で、着手したくてもできない悩ましい状況になってきた。
こんな中でDX推進をどう考えればよいのかと問われることがあるが、今は進めなくても、いざ開始できるとなったとき勢いよく発進できるように、今だからこそできる手段で、DX推進のエンジンを始動し、暖めておくのはどうかとアドバイスしている。
アフターコロナのビジネス環境
ICTに関わるビジネスも多岐にわたるため一概には言えないが、一部の領域を除き、多くの企業が業績悪化に直面すると予想できる。改めて説明するまでもないと思うが、着眼点を合わせるためにまとめておく。
幅広い業種の事業会社では、消費低迷の影響を受け、システム関連サービスやシステム開発の計画を見直し、予算の凍結あるいは縮小を余儀なくされるだろう。そして、それらの投資に売上を依存する、ICTサービス提供企業、システム開発企業では、案件の縮小や延期が増加するはずだ。
すでに、筆者が知っている範囲でも、システム開発の二次請けを主体とする企業からは、案件縮小によって、開発案件が縮小し、戻ってきた技術者を当てる案件がないという悲鳴が聞こえはじめている。
一方で、悪いことばかりではない。外出自粛の副次効果として、これまで様々な理由から進んでいなかったテレワーク化が一気に普及した。リスクと変化を嫌う日本企業では、外圧をきっかけに大きな変革を一斉に進め、結果として国全体のポテンシャルを高めてきたが、今回は、新型コロナウィルスが外圧として作用したと言える。この変化は一過性のものにはならない。緊急事態宣言が解除されても、第2波、第3波が来る可能性が残されている以上、いつでもテレワークに戻せる環境を維持する必要があるからだ。
こうした展望を踏まえて、著者自身の経験から、今だからこそできる取り組み方の例を示す。それぞれの会社でのDXエンジンの始動方法を考える参考にしていただきたい。
技術スタッフの営業力強化
上で書いたように、多くの企業で、案件があっても技術者がいないという近年の人手不足の状態から、一転、人余りになる可能性が高い。通常、優秀な人材は重要案件に張り付けられていることが多いが、こういう時期だから戻ってくる、強力な人材を活用しない手はない。
リーマン・ショックの際、筆者の部門では全社の約1/3の技術スタッフを抱えていたが、まさにこの状態に陥った。他の部門も同じ状況だったことから、戻ってきた技術スタッフを、部門を超えて束ねる仮想組織を作った。そして技術スタッフの提案スキルの強化、営業資料の整備、新規技術を用いた社内開発の推進を行い、案件探索に積極的に加わってもらった。
景気の回復とともに、この仮想組織は縮小し危機を脱したが、このとき蓄積した技術ノウハウと提案スキルが、その後のビジネス拡大へとつながった。現在、筆者が大学での講義や社外研修をおこなっている教材もこの時期に体系化したものが元になっている。今日であれば、これに加えDXアイデアの案出と検証に取り組み、力を蓄えるのが良いだろう。
コミュニケーション基盤の現代化
テレワークの導入は大きな前進だが、そこを前提にすると取り入れやすくなるサービスがある。帳票の電子化から、業務可視化のためのプロセスマイニングまで様々なものがあるが、もしまだ導入していなければ、社内SNSはぜひ検討してほしい。リモートで会議ができるようになっただけでは、オフィスに出社していれば自然に維持されるコミュニケーションの場は作れない。メールだけのやり取りで疎になったコミュニケーションを補う施策として提案しやすいはずだ。
電子メールベースのコミュニケーションは、いまやレガシーである。筆者も外部とのやり取り以外で使うことはほとんどない。メッセージングを主体にすることで、コミュニケーションの密度を高め、コミュニティの形成と維持が容易になる。LINEやTwitterを使われている皆さんなら、SNSのイメージはお持ちと思う。だが、これらは外部に開かれたツールであるため、セキュリティをはじめ様々な問題がある。
社内に閉じたSNSツールの利用は、そうした問題を生じさせず、コミュニケーションのサイクルを短縮し、業務効率を高める。メールとの違いは僅かと思われがちだが、スマートフォンで受けられること、絵文字での応答で済むこと、余計な挨拶が不要なこと、メッセージを出した後でも修正ができること、などが相乗効果でコミュニケーションを活性化する。
社内SNSに適したツールには、Slack 、Google Chat、Microsoft Yammer、などがある。限定導入することも、後からの乗り換えも容易なので、自社環境で利用しやすいものを選べば良い。メッセージを監査できるものもあり、メールとの使い分けを決めて運用すれば、セキュリティ上のリスクは最小化できる。
DX推進エンジン
社内SNSによるコミュニティ形成は、技術スタッフによる仮想組織とも相性が良い。機を見るに敏な経営者であれば、この混乱の中で、新しいビジネスの切り口を見つけているはずだ。技術スタッフと経営層との間で、これまでなかったコミュニティも実現可能だ。これがアフターコロナでDXを大きく推進するためのエンジンとなる。
以上、アフターコロナだからこそできる、DXへの取り組み方の一例を挙げた。予想される厳しいビジネス環境を好機と捉え、成長シナリオを描くことのできる企業が数多く現れることを願っている。
(2020年6月1日)