テレワークを通して『働き方改革』の本質を考える
COVID-19(新型コロナウイルス)が2019年12月に中国武漢で発生してから、驚異的なスピードでアジアから北米、欧州など全世界に感染拡大してきた。日本においても、2020年1月16日に国内初感染者を確認して以来全国に感染拡大し、4月7日緊急事態宣言を発令したことで各自治体も三密の危険性のある業種や施設の休業要請と8割の接触機会の削減を目標に市民の外出自粛を促すこととなったのは周知の事実である。
各企業も社員の在宅中心のテレワークが一気に進み始めた。そもそもテレワークができない商店や現場作業、各種運転手の業種を除けば、テレワークは理論的には100%可能である。しかしながら、すでに働き方改革を実践しているIT企業や大手企業の一部を除けば、中小企業や対面型ビジネスなど、まだまだテレワークの備えが出来てなかった企業も多い。今回の外出自粛を受けての一過性のテレワークではなく、この機会に日本の企業やそこで働く人々の働き方いわゆるワークスタイルを変えてゆくよいきっかけになればと願う。
ワークスタイルを変えるための要素として、1.企業としての対応、2.国や自治体の制度、3.ITインフラの整備、の3要素、そして働く私たちの意識改革の観点から整理してみるとよい。
勤労が美徳とされた日本人気質によって戦後の高度成長を支えてきたのは事実であるが、それは、高品質低価格による“ものづくり“に代表される自動車、家電、機械などの製品の輸出と国内の人口増による消費が支えられてきた結果ではないだろうか。しかしながら、サプライチェーンのグローバル化、中国や韓国を含むアジア諸国の台頭、AI・IoT・5Gなどソフトウェア技術や通信技術の急激な進化、そして日本国内では、少子高齢化による労働人口減少。それを前提としたうえで、これからのワークスタイルを考えなければならない。
日本のGDPは世界第3位であるが、1人当たりのGDPはOECD加盟国36か国中18位。労働生産性から見ると顕著で、日本の一人当たりの労働生産性は21位、時間当たりの労働生産性も21位である。(日本生産性本部2019年度公表資料より)。この資料からみると、労働生産性が低く一人あたりの賃金も安いということになる。
ワークスタイルを変えるためにどうすればよいかを考えるうえで、労働生産性が高い国ドイツ、スウェーデン、デンマークあたりを参考にしてもよいかと思う。
ドイツは人口83百万人で国土も日本とほぼ同じ。製造技術も高く、勤勉な人種から日本と共有できるところも多く比較しやすい。労働時間は1,363時間(日本は1,713時間)と他の国と比較しても断トツ。有給取得率もほぼ100%(日本は50%)、かつ法律で有給最低取得は24日間と定められている。それでも時間あたりの労働生産性は70.4$(日本は46$)と日本の1.5倍、なぜ生産性が高いのだろうか。政府がトップダウンで進めている「Industrie4.0」、労働時間を抑制する厳格な法律、中小企業に対するITツールの支援や企業同士でデーター連携・活用する基盤を整備している。ドイツの生産性が高いのは勤勉な国民性は原点にあるが、各企業が、個人ベースによる仕事の裁量権と意思決定の速さ、仕事はチームで共有する文化を醸成した結果である。スウェーデンやデンマークにおいても共通しているのは、労働時間に厳格にキャップを設けていることと、柔軟性のある育児休暇制度、そして、何よりテレワークできるICTインフラが充実していること、ワークライフバランスを大切にし、個人の裁量権を重視しているところである。
1. 企業としての対応
まず、ワークスタイルの変革は企業経営における成長戦略の最重要課題であるという認識が必要である。サイボウズ社は在宅勤務や最長6年間の育児休暇制度、副業許可など先進的なワークスタイルで有名であるが、過去にはITベンチャー特有な長時間労働や育児介護休暇がとれない等の理由で離職率が28%になり、その危機感から始まったという。これからの若い社員はワークライフバランスを大切にするし、女性の活躍も重要課題である。まずはテレワークを実践(外出自粛の今なら考えられる)しながら、課題や不便さなど社員の声を聴いて磨き上げていったらよいと思う。
テレワークするためにはICTツールはどうしても必要な投資になる(後段で詳細をお話する)。やり始めて課題が浮き彫りになれば、それを経営トップが変える指示をすればよいのである。例えば、仕事に対する評価、人事制度そのものを見直す必要がある。PCに向かっている時間が仕事という時間労働から裁量労働制によるアウトプット評価(成果の考え方は企業によってまちまち)も変えなければならなくなる。紙や印鑑文化もテレワークによってとても不便なことだと分かってくる。
一番の問題は日本の99.7%を占める中小企業のテレワーク対応である。大きなIT投資をできず、情報システム部門もまだ弱い企業が多いが、各省庁で中小企業のテレワークの支援や相談など引き受ける窓口もあるので相談したらよいと思う。(省庁縦割りで分かりづらい部分もあるが)。各自治体でもテレワークに関する支援や相談窓口がある。
2. 国や自治体の制度
政府も2050年問題に直面し働き方改革の施策を進めてはいるが、労働生産性を上げるという概念が乏しいと思う。同一労働同一賃金という体系は時間労働業種には適用しても、知的労働者へは異なる賃金体系がないと労働生産性という観点が欠ける。また1億総活躍社会を提唱しているのであれば、女性が男性と同じフルタイムで社会進出できる環境作りが必須である。管理職に占める女性の割合は、日本12.5%、米国43.6%、ドイツ29.3%、スウェーデン39.5%という大きな差を認識し、労働先進国からもっと学ぶことである。特に、中小企業においてテレワークを含めた働き方改革が遅れている。
総務省、厚生労働省、経済産業省の各省庁がテレワークに関する補助や支援制度、相談窓口を開いているが、省庁の役割が縦割りで相談しにくいように感じる。内閣府が中心となって中小企業を総合的に支援する組織を強く期待したい。
3. ITインフラの整備
テレワークするためにはICTツールはどうしても必要な投資になる。カメラ付きモバイルPC、Web会議システム、クラウドサーバー、リモートワークに対応した情報セキュリティ、自宅のPCを使って会社の環境に入れる仮想デスクトップ等、初期投資を抑えられるようなサブスクリプトモデルや無料で使えるツールもあるので、まずは試してみるとよい。ペーパーレス化もテレワークにとって必須である。PDFなどから切り替えるところから始めるでもよいが、いずれはデーター管理システムで誰もがデーター活用できる仕組みを構築し、資料は全て紙という古いタイプの上司の考え方も変えさせる必要がある。(それが部下の無駄な資料作成時間からも解放させる)。販購買、経理、人事などのいわゆる基幹業務システムがテレワークでは利用できないこともよくある話である。いわゆる2025年の崖のひとつ、オンプレミスでDC(データーセンター)の閉鎖的な情報セキュリティで固められてしまったシステムは、原則はパブリッククラウドへの移行するのがベスト。クラウド環境では対応できないレガシーバージョンもシステムリフォームやストレートコンバージョンできるシステム会社もあるので相談してみたらよい。カスタマイズだらけのSAPをS/4に移行するようなマネは絶対にしてはならない。
テレワークを長期間やってみて感じるのは、今まで会社に行かなくては出来ないことや対面でなくては無理といった仕事も、思考を変えてみればやれないことは少ないのではないか。システム開発プロジェクトにおいてもクラウド環境で開発さえしていれば、パートナー会社社員でもテレワークで何ら問題はない。取締役会や株主総会も既にオンラインで開催している企業もあるし、社外とのコミュニケーションや提案営業においてもSkypeやZoom、Teams、ハングアウトなど無料で使えるWeb会議システムを活用すれば移動時間も不要になる。たぶん5月6日以降も自粛は延長される可能性は高いので、この機会にテレワークを中心に仕事のやり方を変えてみてもよいのではないだろうか。
(2020年5月1日)