デザインとデジタルトランスフォーメーション

suzukiy執筆者PROFILE
鈴木 康宏
株式会社公文教育研究会

デザインとデジタルトランスフォーメーション

1.教育現場のICT化

コロナ禍の影響で、全国の小中学校現場では、4月から5月にかけて休校になるところが多く、そのしわ寄せで夏休みが短くなっているところが多い。ところが、私が現在仕事で関係しているアブダビの小学校では、3月のロックダウン発令後は休校という措置ではなく、一斉にオンライン授業に変更になり、マイクロソフト社のTeams for Educationで学校と家庭を結ぶようになった。この動きのスピードは非常に早く、またたく間に環境が整備された。これは私立の学校だけでなく公立の学校でも同様であり、PCなど受信端末のない家庭には緊急でタブレット端末を配付するなどの対応も行き届いていた。日本でも大学ではZoomなどによる講義に切り替えるところが多かったものの、小中学校ではこのような対応ができず、冒頭の休校という措置にならざるを得なかった。この違いは一体何なのだろう?
こういう話をすると、「UAEはお金持ちの国だからじゃないの?」と感じる人も多いと思うが、UAEの一人あたりGDPは現在の日本とほぼ同じ3万9千ドル(2019年時点)であり、UAEにできて日本にできないはずがないのである。
日本では結局、現時点でも一部の地方自治体を除いて公立の小中高ではオンライン授業に移行できておらず、相変わらず教室での授業に戻っているという状況のようである。つまり、アフターコロナは従来の授業形式に戻るということだ。「GIGAスクール構想」と銘打ち、一人一台の端末を目指している割には些か心許ない状況である。一方で、先程のUAEの例であるが、9月から新学期が始まっているが、全員が登校するということはなく、オンライン授業は相変わらず継続し、登校と家庭学習のハイブリッド学習という新しい形式に移行するようである。

2.変革のスピードが遅い日本

こういった日本の変化の遅さは教育現場だけでなく、一般企業においても同様である。スイスのビジネススクールIMDの「世界のデジタル競争力(2019)」調査によれば、日本の総合順位は63カ国中23位という状況だそうである。世界第3位の経済大国と言われているが、デジタルの世界から見た競争力はそんなに高い状態ではない。しかも「企業の機敏性(アジリティ)」や「国際経験」や「ビッグデータの活用度」は63位(最下位)という状況に甘んじている。「機敏性」については企業の中にいて、たしかにそう感じることが多い。なかなか新しい方向に舵を切ることが難しいのである。日本企業は「両利きの経営」で言うところの「深化」を極めていく方向性が強く、なかなか機敏に新しいことを始められないようである。
ところが、今回コロナ禍の状況になり、多くの企業は緊急的にリモートワークに切り替えることができた企業が多い。必要に迫られたら無理と思っていたこともできるということの証明でもあったように感じる。やればできる素質はあるのだ。
戦後の日本のイノベーションの歩みを見ていくと、結構世界に先駆けて新しいモノを提案している。1955年にはソニーのトランジスタラジオが発売され、1958年にはホンダのスーパーカブ、1964年には早川電機工業(現シャープ)が電子式卓上計算機を発表、1968年にはソニーのトリニトロンカラーテレビ、1979年同じくソニーがウォークマンを発売、1981年にはホンダのカーナビゲーションシステム、1995年にはカシオがデジタルカメラQV-10を発表し急速にデジタルカメラが普及し始めた。このように高度経済成長時代からバブル期までは、結構日本から世界に新しいモノを発信していたのだ。先程のIMDのデジタル競争力調査でも日本はPISAの数学力が世界で4位、携帯通信の加入者は1位、ロボット教育・研究は4位でありポテンシャルは基本的に高い状態である。
このようなポテンシャルがあるにもかかわらず、ここ最近の日本から世界をリードする大きなイノベーションが生まれていない。やればできるのにやらないのは、大企業に創業社長がいなくなっているということも大きいのかもしれない。さきほど例に上げたソニー、ホンダ、シャープ、カシオなどは創業者がご健在のときに世界に先駆けたイノベーションを達成している。そういう意味では、創業社長のようなリスクを取る経営者のいる企業が増えていかなければ、なかなか今後も日本の浮上は難しいのかもしれない。

3.デザインとデジタルトランスフォーメーションの融合による日本の復権へ

現在、GAFAをはじめとするプラットフォーマーが世界を席巻しており、1995年頃から始まったデジタル化の波に日本は完全に乗り遅れてしまった感が強い。しかしながらBATHなど中国企業が台頭し始めたのは2010年頃からであり、まだまだ日本も復権できるチャンスがある。
第4次産業革命とも言われるデジタルトランスフォーメーションは、今後も続いていき、ロボット分野やブロックチェーンの分野で日本が優位性を持つ可能性は高いと言われている。さきほど述べたように、デジタル化のポテンシャルが高いにもかかわらず、今ひとつ踏み出せない理由の一つとして、そもそも「デジタルトランスフォーメーション」の定義づけを間違えているということもある。

先日、さくらインターネット代表の田中邦裕氏がブログの中でアナログ、デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの違いを下記のように「特別定額給付金」などを例に出して説明していたのが非常にわかりやすいのでご紹介したい。(https://note.com/kunihirotanaka/n/ne5683f57af68

「特別定額給付金」
・アナログ
身分証を目で確認し、給付希望者の収集は紙の書類を郵送で。資格の有効性や二重支給などを台帳で確認。銀行に行って振り込み手続きをする。
・デジタイゼーション
マイナンバーカードで本人確認し、フリー入力のフォームでインターネット越しに収集。住民基本台帳システムを目で確認し、支給完了した人をエクセルの一覧表で確認。振り込みデータをシステムに入力し、オンラインバンキングで手動で振り込む。
・デジタライゼーション
マイナンバーカードで本人確認してポータルにログインし、住民基本台帳システムから世帯情報を取得した上で、画面に表示してチェックボックスで給付希望する世帯の人を選択。申し込みすると、申請済みであることをサブシステムに記録し、同時に振り込みデータを自動生成。銀行に振り込みデータを自動送信し、サブシステムに支給済みであることを記録して、ポータルに振り込み済みであることを表示する。
・デジタルトランスフォーメーション
必要な人を推定して、自動で電子マネーが増えている。

ブログではこの他、「保健所の感染者集計」、「航空会社の運行管理」、「契約」などについても具体例でわかりやすく説明されているのだが、まとめると下記のようになる。
・アナログ(Analog)  手作業で行うこと
・デジタイゼーション(Digitization)  手段としてデジタルを使うこと
・デジタライゼーション(Digitalization)  デジタルによって仕事のやり方を変えること。
・デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)  デジタルによって仕事そのものを変えること。

日本では「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」をごちゃ混ぜにして「デジタルトランスフォーメーション」としており、どちらかというと「デジタイゼーション」のことを指している状況であるが、その2つともが残念ながら「デジタルトランスフォーメーション」ではないといえる。DXセミナーなどで「RPAを活用しています。」とか、「AIチャットボットを使っています。」という事例が発表されているが、それらは「デジタイゼーション」であって、「デジタライゼーション」でもなく、ましてや「デジタルトランスフォーメーション」とは全然違うのである。
この違いを各企業の経営者が理解し、本来のデジタルトランスフォーメーション、つまり、業務そのものを変革する流れを生んでいく必要がある。そのために重要なのは「デザイン」への理解だと考えている。先程の田中氏のブログでの「特別定額給付金」の話もそうだが、処理全体の流れがデザインされていないため、顧客インターフェースが非常に中途半端なことになっている。こういったシステムはスマホやPCのアプリひとつだけで完結するわけではなく、その向こう側に別のシステムやそれを扱う人がいるのである。これら全体を見渡せるデザイン能力のあるリーダーがプロジェクト全体統括をする必要がある。ただ単にシステム開発ということでアプリのことだけを考えていたのでは、例えば「Amazon Go」のような発想は出てこない。Amazon Goを実現するには店舗立地から始まり、店舗内レイアウト、棚割り、バックヤード業務、POSシステム、物流システム、決済システム、画像認識技術、センサー技術、ディープラーニング、ビッグデータ分析など複数のシステムや技術を総合的にデザインして初めて成り立つ仕組みである。
日本のデジタルトランスフォーメーションがデジタイゼーションの段階で終わっている原因は実にシンプルで、既存部門の役割の範疇でしか仕事をしない人たちが多いからである。いろいろなシステムや業務といった部門間をまたいで動き回る尖った存在が必要なのである。
これからの日本企業にはデザイナー感覚を持ったリーダーをプロジェクトの要所要所に配置し、企業の行動変容を促す組織づくりをしていく必要がある。従来の中間管理職といった調整型のリーダーは不要となり、システム全体を鳥瞰したデザインを描けるリーダーが求められているのではないかと考えている。

(2020年9月25日)

ページ上部へ戻る