第8回例会報告:「システム開発契約におけるシステムイニシアティブの留意点」-各種裁判事例も交えて-」

第8回例会報告

11月16日に第8回システムイニシアティブ研究会(例会)が開催されました。
今回のテーマは「システム開発契約におけるシステムイニシアティブの留意点 -各種裁判事例も交えて-」。
講師は、株式会社JTB情報システムの野々垣さんです。
野々垣さんは、もともとはシステムの専門家でも、法律の専門家でもなかったそうですが、自社の契約トラブルの経験を経て、2006年に経済産業省からの依頼で「情報システム信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」に参加され、モデル契約書の作成にも携われています。

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icon-check-square-o 成功確率3割の投資が、丸投げでうまくいくはずがない

日経コンピュータの定期調査では、QCDの面でシステムが成功する確率は3割ぐらい。
「システム開発はリスクの高い投資」と野々垣さんは言います。
開発が終わっても運用のトラブルが当然のようにある。要件定義から開発のプロセスの中にいろんな人が関わる。ユーザー側の要件が形になって見えるのはプロジェクトの後半で、そこで初めて「欲しいのはこんなのじゃない」ということになる。
ユーザー社内にいる法律の専門家は自社の業務分野には詳しいが、ITに関しては疎い場合が多い。
「企業IT動向調査2011」(JUAS:2011年10月発表)によると、高リスクの投資にも関わらず、契約を結ばないでシステム開発に入る企業が8%もいるとか。契約を結んだとしても、
・形態(請負か準委任か)が条項として書かれていないのが半数
・システムには変更がつきものなのに、変更管理手続きが書かれていないのが半数以上
・ベンダーまかせで『わからない』と答えた企業が10%
だとか。
「もともと成功確率3割の投資が、丸投げでうまくいくはずがない。」と。
野々垣さんからは2004年に日経コンピュータ「動かないコンピュータ」に掲載されたJTBとあるベンダーの裁判にいたるまでの経緯や、裁判で経験したことなど、詳しくお話いただきました。「そもそもなんでそのベンダーを選んだの?」といった会場からの質問に率直にお答えいただき、「今日はじめて明かします」と話されたことも飛び出しました。

icon-check-square-o 契約トラブルを防ぐには

1.正式契約書を締結してから開発に着手する

ユーザーからみれば開発と営業行為が紙一重のケースがある。営業行為だと思っていたので最終的に「やらない」となって、お金を請求されることがあり、トラブルとなる。

2.ベンダーの言うなりにならない

「経産省のモデル契約書に準拠してます」と持ってくるベンダーがいるが、モデル契約書は、条項例を一つに決めきっていない条項が含まれている。きちんと確認する。

3.ユーザ側で契約書のひな形を持つ

RFPに契約書を添付して見積り条件にする。「我々の開発の条件はこれですよ」と見積もりの条件にするのもいい。
ベンダーはその条件に応じて見積もるので、ユーザーはそれを採用するかどうかを決めればよい。あまりに高すぎるのであれば、システムの性質にあわせて条件をゆるくして再見積もりすればなどすればよい。これは、ユーザーがコントロールすべきこと。

4.IT法務の担当者を養成すること

開発のステアリングコミッティにその人も入ってチェックする。

5.「工程別多段階契約」にひそむリスク

6.開発費用総額を合意する時期

要件定義が終わって開発の範囲が理解された段階での見積書まで拘束されないのはおかしい。多段階契約にするとしても、ある段階での合意を前提とした多段階契約とすべき。

icon-check-square-o ユーザーが変れば、変わる。

会場からは「契約内容について指摘をしても、ベンダーから『それではうちの法務が通りません』」と言われ、交渉している間に時間切れとなってしまい、結局契約書は変らないままとなってしまう場合がある。」という発言がありました。

条件を出すのは、ユーザー

「要は条件。ユーザーの出す条件を取り入れたら見積もりがどう変わるか、だけの話」と野々垣さん。
たとえば損害賠償額。止まったら会社がつぶれるようなシステムの開発案件の場合、損害賠償額の上限があまりに低いようではユーザーが困る。ユーザーは「もし上限をなくしたら、契約金額がいくらになるのか」を見積もってもらうといい。ベンダーは上限をなくすために、保険をかけたり、設備を増強する必要があるかもしれない。それを追加したらいくらになるのか、それをユーザーが採用するかどうか、ということだけ。「法務が通らない」というのはおかしい。

「遺失利益分までは求めないが、JTBもシステムによっては損害賠償額上限なしの契約をしている」というお話に、会場から「できるんだ!」という声があがりました。ただし、「条件での交渉力をもつためには、『だめなら他に』という選択肢をもつことが重要」とも。

「データセンターやネットワーク回線など、ベンダーが示す条件に合意できない場合は使用できないタイプの契約についても、ユーザー側から変えられるものなのか?」という質問も出ました。これには、会場の弁護士の方から「ガスや電気のように法律がある公益サービスとは違うので、変えられるし、実際に変わっているケースもある。」という情報が提供されました。

ベンダーとユーザーがともに育つこと「『法務が通らない』という言い訳をするベンダーを育ててしまったのは、それを許したユーザー。これまで、ユーザーがイニシアティブをとっていなかった。」と野々垣さんは指摘します。「ユーザーもベンダーも、条件ベースでの交渉をするスキルがない。欧米や中国が条件での交渉をするなかで、このままでは日本のベンダーがグローバルで戦えなくなる。」とも。

野々垣さんとともにモデル契約の作成に携われた弁護士の方も、「ユーザーがひとつひとつ交渉していくことが重要。モデル契約もその積み重ねで各条項のモデルが作られてきた経緯がある。」とユーザーにエールが送られました。

吉田太栄(システムイニシアティブ研究会事務局)

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