第14回例会報告:大成建設「企業内アントレプレナーと業務キュレーションの重要性~BYOD時代、現場から発想するスマートデバイスの使い方~」

第14回例会報告

5月15日、第14回の例会が開催されました。
今回のテーマは「企業内アントレプレナーと業務キュレーションの重要性 ~BYOD時代、現場から発想するスマートデバイスの使い方~」。
講師は大成建設株式会社の田辺要平さんと畑石千裕さんです。

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建築現場での情報活用のクラウドサービス(ASP・SaaS・クラウドアワード2011ユーザ部門初代総合 グランプリ受賞)と、それをより有効に使いやすくするツールとしてのField Pad(iPhone/iPadアプリ)の開発と販売。5,500社の協力会社、30,000人が利用するサービスとツールの開発と普及までの舞台裏と、その経験 から得た企業内アントレプレナーとして必要な力についてお話いただきました。

icon-check-square-o 1.時間と空間を越えて仕事ができること

最初に、大成建設のシステムについてデモを交えながらご説明いただきました。1998年の電子調達システムの導入以降、大成建設が一貫して目指してきたのは「時間と空間を越えて仕事ができること」だとか。

ASP、クラウドの利用状況

1998年から運用をスタートさせた当社オリジナルであるエクストラネットの電子調達システムに加え、2003年の三菱商事株式会社によるASPサービス「建設サイト・シリーズ」の1つである「作業所Net」、2005年からの「グリーンサイト」の導入でIT活用の基盤と環境が整った。「建設サイト」のポータルサイトを通じて、協力会社は工事毎の見積や請書契約、そして請求業務をはじめ、施工に必要な情報共有や安全環境提出書類の作成および提出、大判印刷の注文など、さまざまな業務がサービス内で完結する。
利用状況は……

  • 電子調達は、全建築工事における請書契約の95%以上が利用し、そのうち半数以上で利用されてい る電子署名契約により協力会社が印紙代を節約できている。その効果は年間2億円程度である。
  • 情報共有「作業所Net」では、厳格な情報セキュリティルールに基づくアクセス権により、各プロジェクトに関するドキュメントや図面ファイルの共有が行われ、年間120万回のダウンロード(2011年実績)。半数以上が、社外の協力会社によるダウンロードとなっている。各プロジェクトサイト内のファイル共有は社内関連部署によるプロセス管理システムや作業所が利用する図面管理システムなどによるものが多い。

また各工事はそれぞれの工期により始まっては終わっていく。常時1,000箇所以上ある建築工事の 各プロジェクトサイトを運営するために、社内のシステム(決裁書システム、人事システム、調達システムなど)と連携することで、基本的なサイクルが作り出されている。そして工事が竣工すれば、共有情報のデータや閲覧記録などのすべてが社内に取り込まれて永久保存する仕組みとなっている。

icon-check-square-o 2. FieldPadの開発

これまでの「作業所Net」の利用にはすべてPCを使っていたが、デスクの前に座って仕事をしている工事関係者は限られてしまう。大成建設でも多く工事担当社員は、日中のほとんどを現場フィールドで施工管理に従事するため「作業所Net」の恩恵を得られるのは、事務所の自席に戻る夕方以降となってしまう。
年間120万回ダウンロードの半分を占める図面ファイルを紙換算すると毎月50万枚の図面がNet上 から利用されている。この情報資産をより活用できるようにするため、2009年からiPhoneを前提とした専用アプリの具体的な仕様検討と開発を開始した。パソコンフリーでスマートデバイスだけで作業所Netを活用できるようにする。まずは、作業所Net内にある膨大な最新情報のファイルをセキュリティの高さは変わらずにいつでもどこでも閲覧できるようにした。
建設業では現場の写真をエビデンスとして撮る必要があり、通常は日付や場所を書いた黒板を入れて撮影している。この業務を今回開発したField Padでは、図面ファイルを開き該当する場所に配置し たピンの添付としてiPhone/iPadで写真を撮影し付加するなど、簡単に情報が残せるようになった。
またこれまでは、昼間に撮った写真を事務所に戻ってからパソコンに取り込んでExcel等に貼り付け て、工事記録等の保存書類を作成していたが、コクヨS&Tの帳票出力サービス(伝票@Tovas)により、現場に居ながらにしてワンボタンで作成できるようになった。

Field Pad開発にあたって、ビジョンとして掲げたこと

1) 5,500社、30,000人の協力会社も「使える」こと。
作業所Net内のコンテンツ利活用のためのアプリなので、自社社員だけが利用するアプリではなく、工事関係者の方に広く使って頂かないと意味がない。想定している利用者層には様々なITリテラシーの人が混在しているため、セキュリティの確保が確実に行われる仕組みであることが重要である。社内システムではなく、ビジネスコンシューマ向け製品を開発する感覚に近いといえる。
2) 安定的、継続的にサービスが提供でき、発展できること。
スマートデバイスは発展途上のため、OSなどのアップデートが激しいことから、その中でアプリを常に動かし続けられる仕組みが必要である。
→有償化して保守費を確保する
→すべての機能を自分たちで開発するのではなく、異業種とのコンソーシアムを組むことで参画企業のビジネスを創出する
→クラウドサービスと連携することで、アプリ内の保守対象プログラムを減らす。
異業種と協業で汎用的なシステムをつくり、社外の工事関係者にも購入してもらえるようにし普及させていく。それが、結果的に自社の業務スタイルを大きく変えることになり、さまざまなメリットとして還元される。
このようなビジョンを達成したアプリのため、社内利用も会社貸与端末だけでなく、BYODでの利用も可能な要件を満たしたものとなった。

icon-check-square-o 3. 作業所NetとFieldPadの普及活動

現在の作業所Netにより業務を支える2つのシステムとField Padについての道のりは・・・

1) プロセス管理は、一支店で試行し、順次他の支店に拡大。

施工フェーズでの品質管理ISOにおけるプロセスは各支店の規模や地理的な条件により多少の差異 があるため、支店毎のプロセスを理解した上で、一つ一つ丁寧にシステムへ設定していった。その後、本社の建築工事関連部署によるプロセスも扱うようになり、全社的な業務プロセスを扱うプラットフォームへと成長した。

2) 図面管理は、いくつかのプロジェクトで試用したあと、東京圏の外注作図担当者を対象に講習会を開始。

その後、全国の担当者200人弱にそれぞれ合計3回ずつ説明会を実施した。また数回のシステム機能追加により、円滑な図面情報の伝達が可能となり、図面ファイルを修正の度にアップロードする手間の増大と情報共有による利便性がもたらすメリットとのバランスがとれるようになった。

3) 一方Field Pad は、2008年に日本発売されたiPhoneに触発され構想と検討を開始。

本格的なアプリ開発に入る前の多くの時間を開発と運営に携わる企業スキームを構築することに費やした。その間、iPadが発売され、処理能力が増したこと等が追い風にもなった。6ヶ月間の試行によるフィードバックを受けて、正式リリース版の開発とアプリ公開の準備に半年かかり、ようやく2012年4月18日発売と運用開始へとこぎつけた。

振り返ってみると、イノベーションが起きた瞬間は……

プロセス管理は本社の関連部署による運用が始まったとき、図面管理は機能改善がなされ、ある機能が追加されたことで、それぞれイノベーションにつながった。
このようにシステムの運用拡大と機能追加が、別々のイノベーションへと導いたことになる。そして、そのイノベーションを不動のものとすることがField Padの役目であり、次のイノベーションをField Pad自体が引き起こすことに期待している。

icon-check-square-o 4. 企業内アントレプレナーに必要な力と業務キュレーションの重要性

キュレーションとは

もともと「キュレーター」とは、博物館や美術館の学芸員のこと。世の中にある絵や自分たちが持っている絵を、どういう企画で、どのように集めて、どのように展示してお客様に見てもらうかを考える。IT系では、世の中に存在する技術を組み合わせて、新しい価値を生み出し共有していくということ。

企業内アントレプレナーに必要な力

田辺さんは、ボトムアップのイノベーションを経験して、「こういうことが必要なんだ」と気づいたこと、意識したことを、つぎの4つのフェーズで説明してくださいました。

1)選択期

  • 数多くある事象の中から、何をIT化するか見極める力……成長することで、イノベーションにつながるものを選ぶべき。
  • IT化のレベル設定を考える……大多数の人が「ちょっとがんばれば手が届くライン」に設定するように心がける。難し過ぎると利用者がついてこられない。簡単過ぎても駄目。
  • 成功すると信じられるもの……ITの技術的に無理なものや、業務的に無理があるものは、うまくいかない。この両方を判断できるスキルが必要。時代背景やタイミングも含めて、総合的に自分が「これは成功する」と信じられるものを選ぶ
  • 後から「止められなくなる」仕組み……どんなによいものでも、イノベーションへと繋がり安定的に組織に吸収されるには何年もかかる。その間にどんな環境の変化が起こっても、途中で「止められない」仕掛けが出来るかを確認する。継続できなければイノベーションは企業文化にならない。

このように選択する力は、日々の業務のキュレーションの中で身につけていかないといけないものが多い。

2)実行期
実行するためには多くの人へ説明しなければならない、議論し、時には指摘され、より多くの考え方により全方位的にデバックを受けることが必要。これにより調整し、理論武装が完成していく。目上の人との議論を対等の関係で行なうためには、誰よりも該当する業務に関する周辺事項の歴史を知り、語れることが大切である。

  • 自分の知識と行動力で切り開いてものごとが始められること……相手に応じたストーリーで語れないといけない。多面的に物事を捉えていなければ出来ない。
  • 組織力学や人的ネットワークを惜しみなくフル活用すること
  • コミュニケーション能力

3)成長期
最初はビジョンに賛同してくれるアーリーアダプターがいて始まるが、成長期では、ビジョンに賛同するかどうかに関わらず、システムを利用しなければならない人が出てくる。その人達が納得して行動するためには、「『みんなが知っている』ということを、みんなが知っている」状況を作り出さないといけない。成長期とは、「選択」時にも挙げた「やめられない仕組み」が機能し始めるまでだと思っている。

  • 成長のための戦略を練る
  • まわりの変化を感じる力……反発に対しての対応は、変革のスピードを落とすか、逆にスピードを上げてメリットが出るところまで一気に駆け上るかのどちらかである。
  • 意見の軽重を見極める。鈍感力も必要。
  • 忍耐力……イノベーションに肝心なのは、人の考え方が変わっていくこと。そのためには、時間がかかる。短期的な変化を求めては強い意志に繋がらない。

4)安定期
いまは、3)成長期の仕上げ段階なので、他にも大切なことが出てくるだろうが、まだ見えてない。身を引いていく感覚が必要だということしか分かっていない。

このように、ボトムアップのイノベーションを起こし、企業文化へ影響させるためには、4つのフェーズをこなさなければならず、タイトルが表すようにアントレプレナーとしての感覚に近い。ひとりのサラリーマンの人格では難しく、我々も二人でやっている。

システムが業務に浸透するまでに10年

講演のあとのディスカッションでは、ボトムアップゆえの苦労話や成功のポイントなどについて質疑応答が行われました。その中で、田辺さんは「最初から費用対効果を考えていたら、ここまで出来ていなかっただろう」と話されました。「今までの間でミラクルがあったとしたら、作業所Netの『ビジョンへの投資』が決まったことではないか」とのことでした。

作業所Netの投資決裁を通した木内さん(当会会長)によると、

  • 全体のシステム計画にはなく、予算もついていなかったが、現場から「こういうことがやりたい」とあがってきた案を「絶対やらなければ」と思い、他システムの費用を削った上で、社長決裁を通した。
  • 経営層から費用対効果の話が出始めても、「定着には時間のかかるもの」と説明し、運用を続けた。
  • 成功すると確信できたのは、しばらく見ないうちに、作業所Netが現場の要望で成長しているのを知ったとき。

ということでした。

現在の状態になるまでに、10年近く。普及時の反発はなかったのか?という質問には、畑石さんから「反発より、知ってもらうことの方が大変だった」「人の心を動かす難しさを感じた」とのこと。

ユーザに使ってもらってこそ

「BYODの事例として目立ってしまっているが、スマートメディアは手段でしかない。本質はクラウドで何をやっているか」と田辺さんは言います。実際、田辺さん・畑石さんの活動は、ASPクラウドサービスの業務利用のための業務キュレーション と普及に重点が置かれています。クラウドサービスの構想期間には、業務キュレーションをして「こうあるべきだ」と作った構想を、業務のビジョンをもっている部長や所長にぶつけて議論したり、協力会社さんとも長期に渡り 打合せの場を設けたりしたそうです。

また、その結果良いシステムができたとしても、ユーザに使ってもらわなければ意味がありません。「せっかく作ったシステムが使ってもらえてない」という問題はよく耳にします。大成建設のシステムは、社外への普及が不可欠だったとはいえ、配布方法の工夫、説明会、など徹底した普及活動を行い、仕事の仕方を変えるまでに至ったという点で、この問題の解決例を示していただきました。

吉田太栄(システムイニシアティブ研究会事務局)

*「Field Pad」は、大成建設株式会社の登録商標です。

*「建設サイト」は、三菱商事株式会社の登録商標です。

*その他、記載されているシステム名、製品名は各社及び商標権社の商標登録あるいは商標です。

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